連載
西川善司の「試験に出るゲームグラフィックス」(3)映像制作新時代の到来か。ゲームエンジンを映像制作に用いる新発想
2014年,「鉄拳7」(Arcade)と「ストリートファイターV」(PC / PS4)がいずれもUE4ベースで開発されているという情報が明らかになり,業界の内外に大きな衝撃を与えたが,2015年7月には,「ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて」のPlayStation 4版までがUE4ベースで開発されていることがアナウンスされ,さらなる衝撃が業界を襲ったのは記憶に新しい。
そんなUE4界隈では,ここにきて,新しい動きが起きつつある。それは,映像制作現場へのUE4導入だ。
UE4の開発元であるEpic Gamesは,3月に開催されたGame Developers Conference 2015(GDC 2015)のタイミングで,UE4の基本無償化を発表し,四半期ごとの売り上げが3000ドルを超えた場合は総売上の5%を徴収するという,成功報酬型モデルを採用する方針を発表したが(関連記事),6月にUE4のバージョン4.8をリリースしたときには,「映像制作目的でのUE4の利用にはロイヤリティ請求をしない」方針を明言している(関連リンク)。
そういう状況にあって,いくつかのCG制作スタジオが,発表に先行する形で,映像制作用途でのUE4の活用を検討・研究しているのだ。
今回取り上げるのはそういったCG制作会社のうちの一社,都内に拠点を持つマーザ・アニメーションプラネット(以下,MARZA)である。
オフラインCG制作スタジオのMARZAがゲームエンジンを選択した理由
そんなMARZAは最近,短編のリアルタイムデモ「Happy Forest」を公開し,合わせて,同社が手がけるCGコンテンツ制作に,UE4をはじめとするゲームエンジンを活用していく方針を打ち出してきている。まずは,そのHappy Forestを見てもらいたい。
言われなければ,UE4ベースの映像作品とは気づかないのではなかろうか。“ゲームエンジンくささ”がないので,UE4ベースであると言われても信じられない人さえいるかもしれない。
ということで,Happy Forestがリアルタイム動作していることを示すべく,視点(=カメラ)を操作してもらったバージョンの映像も見てもらおうと思う。こちらは社内完成披露会用の映像だそうで,そのためか,シーン内の木々が満開の桜になっている。
今村氏:
最初は「ゲームエンジンとはどんなものなのか」すら,理解していませんでした。ただ漠然と,「最新のゲームエンジンは描画品質も高くなっていて,映像制作に使えるほどの統合開発環境が用意されている」ということを,人づてに,耳にしていた程度でした。
その状態から,「どこまでのことができるか」を試してみようと,社内でプロジェクトチームを少数で結成して,確かめてみることにしたのがスタートです。
検証の目的は主に2つあったという。
1つは,ゲームエンジンを使うことで,映像(=オフラインCG,プリレンダCG)の制作効率を上げられるかどうか。
オフラインCG制作の世界では,制作した映像が見られるようになるまで,1カットあたり数時間もかかることがある。それに対し,リアルタイムで映像を見られるゲームエンジンであれば,ライティング条件を変えたり,アニメーションを修正したり,テクスチャ/材質を入れ替えたりしても,その変更結果を反映した映像をすぐに確認できる。端的にいえば,高いレンダリングコストを削減する目的で使える可能性を探ろうというわけだ。
もう1つは,CG制作スタジオとしてのMARZAが,新たなコンテンツ分野の制作に進出できるかどうかの可能性調査である。
ゲームエンジンを使うということは,ゲームメカニクスを盛り込んだ,いっぱしのゲーム作品に仕上げなくとも,ユーザー(視聴者)からのインタラクションにリアルタイムで反応を返したり,あるいはストーリーを分岐させたりといったことが簡単にできるようになるのと同義である。従来の,一方通行的な映像ストリームを作るだけのコンテンツ制作とは違った,インタラクティブコンテンツを作り上げることが,ゲームエンジンを活用すればできるようになるかもしれないので,それを探ろうというわけである。
我々は,初音ミクのイベント「マジカルミライ」向けとなるCG制作を手がけていますが,ここで制作するCGがゲームエンジンベースになって,インタラクティブ性を獲得できたら楽しそうで,また,さらなる発展を期待できると考えたんです。
東京ディズニーシーにあるアトラクション「タートル・トーク」のようなインタラクティブライブコンテンツも,ゲームエンジンならば効率よく開発できて,しかも極めて現実的な手法で動かすこともできそうですし。
さらに副次的な効果として,ゲームエンジンの活用法を習得することで,ゲーム中,シームレスに挿入される,ゲームエンジンベースで作られたイベントシーン「インゲームシネマティクス」(In-game Cinematics)制作にも参加していけたら……という期待感もあったという。MARZAはアニメーション制作のプロ集団であり,同時にゲーム向けプリレンダCGの制作経験も豊富で,ゲーム業界とは太いパイプもある。ゲームエンジンベースのインゲームシネマティクスの制作に,MARZAのアニメーション技術やモデリング技術を発揮できるようになれば,活躍の場は広がることになる。
さて,数あるゲームエンジンの中から,MARZAはなぜUE4を選択したのだろうか。
国内外のゲームエンジンの評価・検討は一通り行いました。
確かに,UE4に拮抗する表現力を持ったゲームエンジンは他にも存在します。しかしUE4の場合,使っている人間の数が今はとても多く,エンジニアやアーティストを見つけやすいという利点があります。今後,中長期的にゲームエンジンを我々の制作工程に組み込んでいくとなれば,「人材確保」や「ビジネス展開のしやすさ」の面についての考慮も必要ですが,その点でUE4は優れているというわけですね。
それに,UE4は今や日本国内のゲームスタジオでも採用が進んでいますから,インゲームシネマティクス制作やインタラクティブコンテンツ制作といった,ゲームプロジェクト寄りの開発を行うにあたって有利だと考えた,というのもあります。
なお,一連のゲームエンジンの採択にあたっては,旧セガで「ソニックエンジン」の開発プロジェクトを統括し,その後,スクウェア・エニックスに移って,「ファイナルファンタジーXV」(PS4 / Xbox One)に採用された新世代ゲームエンジン「Luminous Studio」の開発プロジェクトリーダーを務めた橋本善久氏(※現リブゼント・イノベーションズ代表取締役社長)のアドバイスもあったとのことである。
Happy Forestの前に2つの試作映像をUE4で制作
UE4採用の方針が決まった後,「実際に,MARZAが生業としている映像制作にちゃんと使えるのか」を検証するため,社内ではデモ映像制作プロジェクトがスタートしたという。
ただし,最初に紹介したHappy Forestがいきなり完成したわけではなく,そこに至るまでの間には,数多くの試行錯誤があった。実際,MARZAはHappy Forest以前に,それとはまったく異なるテイストの習作を2つ制作している。
MARZAでゲーム向けのプリレンダムービーを数多く手がけてきたディレクターの加治佐興平氏(以下,加治佐氏)は,次のように振り返っていた。
最初,上からこの話(=ゲームエンジンを使ってCGムービーを作る計画)を聞いたときの感想は「何言ってるの?」でしたね。だって,ゲームエンジンってゲームを作るためのものですから。「映像を作るためにゲームエンジンを使う」という言葉の意味が分からない(笑)。
私だけでなく,プロジェクトに集められたデザイナーもアーティストも,見事に全員が同じ反応でした。
結局,制作メンバーとしては「これまでだと『V-Ray』や『Arnold』といったレンダリングソフトを使って行っていたライティングやシェーダの工程が,ゲームエンジンに切り替わる」という「仮の認識」(加治佐氏)で,制作プロジェクトのスタートを切ることになったという。それは,2014年の9月のことだったそうだ。
今回の取材に応じてくれた本プロジェクトの中核メンバーに6〜7人のアーティストを加えたチームで,右も左も分からないまま,手探りで制作した結果できあがったのが,近未来のSFテイストが盛り込まれたアメリカンフットボール的なデモ「ULTIMATE BOWL」である。最初のリアルタイムデモプロジェクトということで,社内での通称として「kuro 1.0」という名が与えられている本作だが,雰囲気としては,架空のゲームのオープニング映像のようなものになっている。
当時のUE4バージョンは4.4。2014年10月から,3か月で制作されたという。
確かに「実際にこんなゲームがありそう」という感じのでき映えで,いわゆるプリレンダで制作されたゲームのオープニング映像のようだ。そして,一見しただけでは,これがリアルタイムで動く映像には見えない。
しかし,MARZAのプロジェクトメンバー達は,その完成度に満足がいかなかった。
加治佐氏:
UE4は物理ベースレンダリング(Physically Based Rendering)を採用しており,かなりリアルな材質表現ができようになっています。とくに金属関連の品質は良好で,オフラインレンダリング(=プリレンダ)に肉迫した品質になっていると思いました。
一方,人間を表現するときに重要な要素である「人肌」「毛髪」の表現はまだまだですね。ただ結果的に,このULTIMATE BOWLでは,UE4の「得意な要素」「不得意な要素」の洗い出しができたといえます。
さらに経験を積む目的でもう一作品を制作する案もあったが,加治佐氏らはここで一度立ち止まってUE4の特性を学び,「UE4をどう使えばオフラインレンダリングの表現に近づけるか」の研究に注力することにしたという。
そのとき,プロジェクトでは「開発期間をかけない」「コストも掛けない」の目標が掲げられていたこともあって,UE4の“エンジン側”の改造には手を出さず,UE4側のバージョンアップで追加される新機能の範囲内で研究を進めた。その成果物としてできあがったのが「kuro 1.2」である。ULTIMATE BOWLのkuro 1.0に続くものだが,あくまで検証プロジェクトであるため,対外的な名称は用意されていない。
UE4のバージョンは4.5。プロジェクトの主要メンバー3名だけで開発したものとのことだ。
こちらは,ULTIMATE BOWLの映像とは打って変わって,ドラマ性のない,まさに「テスト映像」といった雰囲気になっている。
この試作を経て,UE4が持つポテンシャルの全容を把握できるようになり,続く作品の制作に必要なシェーダ類の開発も一通り行えたと,加治佐氏,そして,プロダクションエンジニアである松村和哉氏(以下,松村氏)は振り返っていた。
加治佐氏:
ULTIMATE BOWLは写実性が不足していたという反省があって,さまざまな素材でできたオブジェクトの1つ1つをフォトリアリスティックに表現するための経験を積もうということで,この映像を制作しました。
結果的に,Happy Forestで使用したシェーダ類の基本構成は,この作品の制作過程で,ほぼ作り上げることができています。
松村氏:
ULTIMATE BOWLのときは,基本,アーティストだけで制作されていましたが,このテスト映像の制作にあたっては,「エンジニアが必要だろう」ということで,自分はこのタイミングから一連のプロジェクトに参加しています。
そうして制作されたのがHappy Forestである。社内的な呼び名は「kuro 1.5」だそうだが,制作の経緯を,アーティスト兼デザイナーである高橋 聡氏(以下,高橋氏)が振り返ってくれた。
高橋氏:
どんな作品を制作するか。そのプロットの検討にあたっては「ひとまず今のところ,人間の毛髪と人肌は避けよう」ということになりました(笑)。
UE4の物理ベースレンダリングが金属表現を得意としているため,機械を題材にしようという案もあったんですが,これをやるとシリコンスタジオさんのレンダラー「Mizuchi」のデモ映像「Museum」と似た雰囲気になりそうだということで回避しています。
ただ,そうはいっても「キャラクターを立てる」表現は行いたい。そこで,「UE4でも高品位に行えるキャラクター表現」の線で検討を進めて,結果,子ドラゴンに落ち着いたという感じです。
なお,UE4は植物や木々などの自然物の表現力も高いことから,背景や世界設定として「森の中」が採択された。
表現するキャラクターは人間ではないものの,Happy Foresetの主人公である子ドラゴンの質感はとてもリアルに見える。キャラクター表現において重要度の高い眼球の質感も自然で,何よりアニメーションがプリレンダ品質になっている。
松村氏:
眼球上の屈折表現やハイライト表現では,kuro 1.2の制作を経て完成した「眼球シェーダ」を用いています。これは,UE4の標準のマテリアルシステム上で構築したものですね。
ちなみに,Happy Forestを制作したときのUE4のバージョンは4.6。開発期間は1か月ちょっとだったそうだ。
Happy Forestの舞台裏
そんな経緯で制作されたHappy Forestを,あらためてチェックしてみよう。
Happy Forestの描画解像度は1920×1080ドットのフルHD。シーン全体の総ポリゴン数は約3500万,1フレームあたりの総ポリゴン数は,水面と森全体を見通せるような,多いところで約1800万程度とのことだ。シャドウ生成用の不可視ポリゴンは使用しておらず,「影を落とすためのオブジェクト」も,可視状態でフレーム外に配置してあるという。
今村氏:
Happy Forestは,UE4上で制作されたものであり,実際にリアルタイム動作しますが,ゲームではありませんから,ランタイム時(※筆者注:実機で動かしたとき)のフレームレートにはこだわっていません。作品として見ていただいているムービーは,UE4で描画された映像をHDDへ出力したものになります。
「それでも,Happy Forestのランタイムで10fps程度は出ていました」(今村氏)とのことなので,最新世代のハイエンドGPUであれば,Happy Forestを60fps動作させることも夢ではない。実際,インタビュー後にMARZAが行ったテストでは,デモに使っている「GeForce GTX 970M」搭載のノートPCで,30fps程度を実現できたそうだ。
ちなみに,Happy Forest全編をHDDへ出力するのに要する時間は,いま紹介したMARZA社内の動作検証用マシンで20分ほど。普段同社が活用しているレイトレーサーを使って,同じくらいの長さの映像をレンダリングすると5日間くらいはかかるとのことなので,ざっと360倍程度の高速化を実現できたことになる。
もちろん,ラスタライズベースのリアルタイムレンダリングによる映像と,レイトレーシングベースのオフラインレンダリングされた映像で同じ品質が得られるわけではない。しかし,見た目がそれほど大差ない品質で,描画時間を約360分の1に短縮できたことには,プロジェクトメンバーも感心したそうだ。
ゲームではなく,映像を制作しているため,ランタイム時のフレームレートを気にしなくていいというのは,あらかじめ取り決めていたことでした。Happy Forestの制作手法は,ゲームのそれではなく,プリレンダのそれに近かったといえます。
たとえば背景の木々だけで600万ポリゴンです。ゲーム制作でこんなことはしないでしょうね(笑)。
加治佐氏:
ULTIMATE BOWLでは,「ゲームエンジン」というキーワードに我々が引っ張られすぎたこともあって,少々“ゲーム的な制作”になった部分もあったんです。たとえば,低ポリゴンモデルを用意しちゃったりとか(笑)。
でも,Happy Forestでそうしたことはあえてしませんでした。
上記の通り,メインの樹木の総ポリゴン数は600万で,樹皮の微細な凹凸なども,そのままモデリングされた3DのジオメトリデータとしてUE4で描画されている。ゲームであれば,そうした凹凸は法線マップ(バンプマップ)に落とし込んでしまうのが普通だが,Happy Forestでは,プリレンダ品質を目指した関係で,モデルをそのままUE4へ持ってきてしまっている。加治佐氏いわく「最初,どうなるか不安だったんですが,意外にも普通に動いてしまったので,そのままにしました」とのことだ。
なおプリレンダCGの制作では,8192×8192テクセルのテクスチャを用いることが日常茶飯事だそうだが,本作ではUE4の仕様上の都合もあって4096×4096テクセルを上限にして制作を進めている。
そういえば,UE4の事例ではないが,スクウェア・エニックスは,同社の最新ゲームエンジンであるLuminous Studioベースの新作リアルタイム映像作品「WITCH CHAPTER 0[cry]」において,やはりプリレンダ向けの3DモデルやテクスチャをそのままLuminous Studioで使ったと発表している。レンダリング時のライティングやシェーディングの品質だと,レイトレーシングベースのプリレンダとリアルタイムレンダリングとの間にはまだまだ品質の格差はあるが,用いられる素材レベルにおいて,両者は同じ品質になりつつあるのだ。
樹木は幹の部分を手動でモデリングしましたが,風で揺れるような部分,具体的には枝や葉などの表現には,UE4に統合されている植物生成ミドルウェア「SpeedTree」を利用しています。
SpeedTreeは,デフォルトだと遠方の植物を低ポリゴンモデルやビルボード(スプライト)にしてしまうLoD(Level of Detail)処理が介入してしまうので,これをカットしていますね。
さて,完成品だけ見ている我々の目からすると,ほとんどプリレンダ品質に見えてしまうHappy Forestだが,この完成品が仕上がるまでの制作過程において,制作スタッフはリアルタイムグラフィックスならではの「特質」に少々悩まされたそうだ。
こうしたリフレクションは,プリレンダの世界だと,レイトレーシングの利用によって自動的に結果が得られる。しかしゲームグラフィックスの場合,事前生成した周囲の状況をテクスチャ化した環境マップの適用で代用したり,画面座標系のポストエフェクト処理で描画結果から鏡像を生成したりといった,「速度優先の代用フェイクテクニック」の利用が通例だ。
ただ,高橋氏はそこですぐ,違和感を覚えたという。
高橋氏:
Happy Forestでは,川に背景が映り込んでいるカットがありますよね。まずあそこで「あれ?」と思うことがありました。
ここは木の枝や葉が川の上にあるので,それらが川の水面に映り込んでくるのを期待していたんですが,なぜか映り込みが部分的に欠落しているような表現になったんです。今となっては当たり前のことと理解できるんですが,画面座標系のポストエフェクト処理で実装されるリフレクションだと,視線から見えていないものは映り込んでくれないんですよね(笑)。
画面座標系のポストエフェクトに,リアルタイムローカルリフレクション(Realtime Local Reflection,以下 RLR)やスクリーンスペースリフレクション(Screen Space Reflection,以下 SSR)と呼ばれるテクニックがある。
これらは,事前生成した環境マップでは実現の難しいような,刻々と動的に変化するシーンをそのまま低コストで映り込ませることができる手段として,近年採用が進んでいる。もともとは独Crytekが「Crysis 2」(PC / PS3 / Xbox 360)で実用化して広まった技術だが,このテクニックは完璧ではない。
RLRとSSRはいずれも,描画結果の映像フレームと,それに対応する奥行き情報(=深度値)だけを用いて,視線の反射方向に対して局所的なレイトレーシングを行うテクニックである。RLRとSSRにおいて映り込むのは,描画結果の映像フレームそのものから生成されるものとなるため,その瞬間の映像フレームに描かれていないオブジェクトは,当たり前だが,鏡像として描かれないのだ。
「描かれないもの」の代表例は,画面の外にあるものだが,それ以外にも,当該タイミングにおいて他者に遮蔽されているものや,オブジェクトの裏面や側面など,視点方向をに向いていないものも,やはり描かれない。
たとえば,画面内の直方体オブジェクトの正面が描かれているときに,その上面や下面,側面,背面を映り込ませるような鏡像は生成できない。オブジェクトは正面しか描かれていないため,「できあがった映像から鏡像を生成する」というRLRやSSRの原理上,実現のしようがないのである。
高橋氏:
結局,「正しく反射を出す」というよりは,「それっぽく見えるように対策する」ことになりました。たとえば,映り込まないことによる粗(あら)が見えないよう,別のオブジェクトを置いたり,反射の方向をコントロールしたり,特例的なシェーダで映り込みっぽいものが出るようにしたり,いろいろやっています。
ちなみにリフレクション表現では,(RLRとSSRだけでなく)シーンの適当な地点で事前生成した環境キューブマップも併用していますね。
さて,Happy Forestの主人公である子ドラゴンは,とても表情が豊かで生き生きとしている。肌(ウロコ?)の質感もリアルだ。
松村氏:
シェーダ類は基本的に,kuro 1.2を制作したときに設計したものを使っています。ドラゴンの肌の質感表現には,UE4のバージョンアップで追加された,画面座標系の表面下散乱(Screen Space Subsurface Scattering,以下 SSSS)機能を活用したり。
ただ,UE4のSSSSは,取り扱えるパラメータが少なくて調整幅も小さく,ボケすぎる特性も強いので,意識して弱めにかけるといった対策は行いました。
高橋氏:
UE4の物理ベースレンダリングは,私達がオフラインレンダリングのCG制作で使っているArnoldと同じく,リニア空間でのシェーダ設計となるので,ここはとても取っつきやすかったですね。UE4のほうがArnoldと比べてパラメータがうまい具合にシンプル化されていて,むしろ使いやすかった部分もありました。
そう述べていた高橋氏によると,基本的には,MARZAが過去の制作で使ってきた(Arnold上の)シェーダをUE4のマテリアルエディタで再現するような感じで構築していったとのこと。
テクスチャの制作にも,MARZAが従来のオフラインレンダリングCG作品の制作で使っている「Substance」や「ZBrush」をそのまま使ったそうだ。
加治佐氏:
付け加えると,アニメーションの制作では,リグ(=ボーン)の設定から何からをすべて「Maya」上で行ってしまっています。
ただ,UE4とMayaの間にある仕様上の違いから,映画の複雑なリグでつけたアニメーションデータを「FBX」でそのままUE4に持ってくることはできませんでした。そのため,UE4でインポートできるコンバート用のスケルトンを用意し,そちらに焼き付けてからエクスポートすることで,Maya上と同じアニメーションを実装しています。
太陽光から生成される影は,UE4にも標準機能として搭載されている,ゲームグラフィックスではお馴染みのデプスシャドウ技法を用いて生成しているという。ただ,これで生成されるのは主人公である子ドラゴンの背景に落ちるシルエットだけ。そのため,樹木や草木をはじめとした背景の影を表現するにあたっては,事前にレイトレーシングで生成しておいた「焼き込み影」を適用している。
焼き込み影の生成にはUE4の標準ツールを使用。大局照明に配慮したものになるため,焼き込みには6〜8時間ほどがかかったそうだ。
高橋氏:
脇の下など,常に遮蔽される部位では,テクスチャに仕込んだ自己遮蔽項(Occulsion Term)で“陰”が出るように調整しています。これ以外に,ゲームグラフィックスではお馴染みの,画面座標系の陰生成である「SSAO」(Screen Space Ambient Occlusion)も併用しています。これもUE4の標準機能ですね。
そのほか,空気遠近(光散乱)表現や被写界深度表現などのポストエフェクトも,UE4の標準機能を活用しているという。
高橋氏:
樹木をはじめとするさまざまな大道具・小道具オブジェクトはMaya上で配置してしいます。先ほどお話ししたとおり,アニメーションもMaya上のものをコンバートして持ってきちゃっています。
UE4を用いてはいますが,作法としてはプリレンダCG制作のやり方そのままの部分の割合が多いですね。
松村氏:
植物の配置などは,本来であれば,UE4上で行ったほうが効率がいい。それは分かっているんですよ。なので今後は,UE4上での制作割合を増やして,ゲームエンジンを使うことの恩恵をより引き出していきたいと思っています。
ちなみに,ULTIMATE BOWLのときは,カメラワーク(視点軌道)のデザインをMaya上でやっていたのが,Happy ForestではUE4側で作り込んだとのこと。制作回数を重ねるごとに,UE4での作業割合は着実に増えているようだ。
MARZAのこれから
Happy Forestを含む,3つの習作を経験したMARZA。
これらを制作するプロジェクトはいわば実験的プロジェクトだったわけだが,今後は,本格的にUE4ベースで映像制作を行っていくのだろうか。
MARZAとしては,今後も,ゲームエンジンを使った映像制作に挑戦していく方針です。あくまでザックリとした計画ですが,1年後には,受注している仕事の3割くらいをゲームエンジンベースで制作できたらなと思っています。5年後は,映画以外なら90%くらいはゲームエンジンベースに置き換えたいですね。そのころには,ゲームエンジンでもキャプテンハーロッククラスの映像制作を難なくできるようになっている頃でしょうし。
松村氏:
いま苦労しているのは,MayaなどといったDCCツールからUE4へのデータ受け渡し部分です。今はスクリプトなどを組んで半自動化していますが,いずれは完全自動化していきたいですね。実際,そうした環境整備のための開発を行っています。
高橋氏:
UE4も含め,現在のゲームエンジンは破壊表現などの大規模な物理シミュレーションが弱いんです。当面は,DCCツール側でシミュレーションを行い,その結果を「Alembic」で出力して,ゲームエンジンから使うというスタイルになると思います。
Alembic(アレンビック)とは,Star Wars(スター・ウォーズ)シリーズで有名なGeorge Walton Lucas, Jr.(ジョージ・ルーカス)氏の映画スタジオ「Lucasfilm」のCG制作部門「ILM」(Industrial Light & Magic)と,Spider-Man(スパイダーマン)シリーズのCG制作で有名な「SPI」(Sony Pictures Imageworks)が開発した,オープンソース型シーンファイル・フレームワークのこと。オーサリングした,動き付き(=アニメーション付き)のCGシーンをエクスポート/インポートするための仕組みだ。
シミュレーション周り以外での課題については,加治佐氏が次のように述べていた。
オフラインレンダリング畑の人間からすると,現行のゲームエンジンで課題だと思うのは,ポストエフェクトとコンポジットの部分ですかね。オフラインレンダリングでは,フレームをレイヤーに分けて出力して,それぞれにポストエフェクトを適用して合成するということを,「NUKE」のようなコンポジットツールを使って行います。一方,ゲームエンジンではポストエフェクトもリアルタイムですから,そうした概念がないんですよ。
そういうこともあって,現在MARZAでは,リスク分散と選択肢の確保を目指し,UE4だけではなく,「Unity」も検証対象として,実験を進めているのだという。
具体的には,現在,MARZAの北米オフィスでプロット制作が進んでおり,今夏中に本格的な制作がスタートするとのこと。タイトルや内容は未定ながら,Happy Forestよりも,さらにしっかりとしたストーリー展開のある短編ムービー風になるそうだ。
発表は2016年になる見込みである。
今村氏:
CEDEC 2015では,Happy Forestの制作秘話や,“プリレンダ屋”から見たゲームエンジンの活用法などについて,8月28日に行う「映像制作プロダクションによるゲームエンジンを用いた高品質映像制作」というセッションでお話しいたしますので,興味のある方はぜひいらしてください。
ゲームとノンゲームが両輪となってゲームエンジンを進化させる!?
ゲームエンジンをゲーム以外に活用する,いわゆる「ゲームエンジンのノンゲームユース」は広がりを見せている。
建築業界では,都市開発計画といった,規模の大きな話で応用が始まっている。背丈の違う建物が混在したときに,それぞれの建物でどれだけ日照時間が得られるかといったシミュレーションに,ゲームエンジンが役立っているというのである。
また,屋内の間取りや,照明および家具のレイアウトといったシミュレーションにも,ゲームエンジンの活用が進められているという。
そして映像業界は,もともとゲーム業界と関係が深いこともあってか,建築業界以上にゲームエンジンの導入検討が加速化している。
今回のMARZAのような,「映像制作現場の主たるツールとして導入していこう」という動きは,何も特異な事例ではない。ハリウッドの映画制作現場では「動く絵コンテ」とよばれるプリビジュアライゼーション(Pre-Viz)として2000年代中頃から試験運用されてきた実績があり,テレビ番組のバーチャルスタジオをゲームエンジンで作り上げようという試みも,日本を含む世界の番組制作現場で行われてきた。また,あの「Toy Story」(トイ・ストーリー)のPixar Animation Studiosも,映画制作の一部をリアルタイム技術で置き換えていく試みを始めた(関連記事1,関連記事2)。
近い将来,30分枠のテレビアニメ作品がゲームエンジンベースで作られる,なんてことも,あながち絵空事とは言えなくなる気配であり,実際,この動きは現実味を帯びてきている。たとえば,2015年7月より放映が始まったテレビドラマ「デスノート」に登場する悪魔リュークを始めとするCGパートは,UE4ベースだったりする(関連リンク)。
ゲームの映像が,プリレンダCGに追いつくことはなくとも,互いの良いところを吸収し合って,両者の進化がますます加速していくことを期待したい。
MARZA公式Webサイト
SNOW MIKU LIVE! 2015
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マジカルミライ 2014
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