インタビュー
TYPE-MOONの原点を辿る「魔法使いの夜」インタビュー。奈須きのこ&こやまひろかず&つくりものじ氏の3名に聞く,ノベルゲームの未来と可能性
TYPE-MOONがノベルゲームにこだわり続ける理由
ここから「まほよ」の全体像について,とくにノベルゲームへのこだわりなどを中心に伺っていければと思います。というのも,現在はTYPE-MOON作品も小説からアニメまで,幅広く展開されていますよね。それでもなおノベルゲームにこだわって,本作のようなタイトルを生み出されたことには,なにかしらの理由があると思うんです。
奈須氏:
自分はやっぱり,2004年くらいまでのアドベンチャーゲームが大好きな人間なんです。何が面白かったかというと,娯楽の王様だったアニメに立ち向かおうとした人達が「俺達も面白いもの作ってやるよ!」って奮起したからじゃないですか。でも今って,アニメ化されることが目的になってる節があって,アニメの文法によってきてしまっている。
4Gamer:
確かに1990年代後半から2000年代冒頭にかけてって,アニメよりもノベルゲームやライトノベルの方が,いわゆる「オタクの教養」として優先順位が高かった時期ですよね。それ以前もそれ以後も,やっぱりアニメが強くて,今の状況から考えるとちょっと信じがたいくらいですけど。
奈須氏:
そう。だから現状のこの界隈のコンテンツのあり方っていうのが,自分には居心地が悪い。ゲーム,小説がアニメという完成形への途中だと言われている気がして。そうじゃないんだ,これで完成形なんだと,胸を張って言える世界を作りたかった。自分自身が本当に楽しめる作品が,よそから生まれ続けるためにも。「何かの代用品」ではない,「ADVにしかできない」ものにチャレンジしたかったんです。
4Gamer:
最初に奈須さんがおっしゃっていましたが,ノベルゲーム全体の底上げを狙っているというのは,プレイしていてもハッキリと感じられました。「まほよ」を見ていると,確かにこれが完成形なんだ,という意思を強く感じます。
奈須氏:
もちろん,結果としてメディアミックスしていただけるのは嬉しいです。「まほよ」だってそうなってくれれば嬉しいけど,それよりも作品として,とにかく完璧なものを作りたい。「まほよ」発売後,知り合いのライターに「ここまでメディアミックスを無視したゲームをプレイしたのは初めてだ。映像化不可能とかいう謳い文句は何度も見てきたけれど,これは映像化する必要がそもそもない」と言ってもらえて,その言葉に凄く救われた。たとえ時代に逆行していても,それだけで「まほよ」は価値があると胸をなで下ろした。
4Gamer:
先ほどFate/hollow ataraxiaのセイバーvs.アーチャー戦の話をしましたが,あのシーンをプレイしたときに,ノベルゲームというジャンルの可能性を見た気がするんです。あれはアニメではできないし,もちろん小説でもできない表現です。
奈須氏:
スクリプターというのは,本来それができる立場のはずなんだよね。映画監督のようなものですから。
4Gamer:
個人的な意見ですが,ノベルゲームというのは,何かを物語る上で,制作にかかるコスト(マンパワー)と得られる表現力が,ニッチなところで奇跡的に釣り合った表現形式だと思うんです。アニメの表現力は高いですが同時にコストも高く,小説は表現力に劣るが低コストだと。ノベルゲームはその中間にあって,かつ,この形でなければ伝えられないものもあるんじゃないかって。
奈須氏:
それは確かにそうなんですけど,コストのほかに時間もあるので,なかなか簡単ではないです。現状ではスクリプターにかかる負担が大きすぎるんですよ。アニメで100人かけて作るシーンを,一人で作っているようなものですから。かといって人を増やしてもつくりさんのセンスに付いていけない。結局,つくりさんが一から作り直す事になる。ああ,新海 誠※さんが一人でやっていた頃に近いかもしれない。
※新海 誠……アニメーション作家。個人制作とは思えないクオリティの短編アニメ「ほしのこえ」で注目を集める。以後,「雲のむこう、約束の場所」「秒速5センチメートル」「星を追う子ども」など,精力的に作品を発表し続けている。
4Gamer:
なるほど。その新海作品も,クオリティのためには商業化して人手を増やさざるを得なかったわけですし。つくり演出によるノベルゲーム作品をもっと観たいところですが,そう簡単ではなさそうですね……。では演出とは少し違った切り口で,選択肢についてはいかがでしょうか。ルート分岐もボイスもないというのは,昨今の流行からは少し外れた選択だった気がするのですが。
奈須氏:
選択肢については,やっぱりちょっとは不安はありました。それでも,ここまで物語と空気感に特化した作品なら,それを徹底的に味わってほしかったので分岐は廃しました。
ゲーム的な要素を求めるあまり,「まほよ」という箱庭のデザインを損なうくらいなら外すべきだろうと。一方ではゲームとして,紙の本にできない電子的な遊びを入れたかった。具体的には,アーカイブに出てくる本棚――あれは青子の本棚なんですが,徐々に埋まっていくというのは紙媒体ではできない遊びです。
4Gamer:
ルートの分岐は,始めから考えていなかったということですか。
奈須氏:
いや,最初はあったんですよ。好感度が変わるような選択肢は草十郎の受け答えに,運命そのものを変えてしまうような行動的選択肢は青子にそれぞれ選ばせる,という感じで。それがなぜかはプレイし終わった人なら分かると思いますが。
4Gamer:
以前,虚淵 玄さんにお話をうかがったとき,「選択肢がないほうが書きやすい」「自分は分岐のある物語には向かない」とおっしゃっていたんですが,奈須さん的にはいかがですか?
奈須氏:
選択肢の存在を否定しているわけでは,もちろんないんです。例えばFateだったら,選択肢があることで一歩間違えば死んでしまうという世界や,変えられる運命を表現できた。だから選択肢がゲームの中で意義のあるものになっているのなら全然OKだと思います。たまたま今回「まほよ」でやりたいこととそぐわなかったというだけで。
「魔法使いの夜」,そしてこれから
4Gamer:
では最後に,今後のTYPE-MOONさんの予定についてお聞かせ願えればと思います。とくに「まほよ」の今後については,気になっているファンも多いと思うのですが……。
つくり氏:
どうやら噂によると,2とか3とかがあるらしいですね。
奈須氏:
そ,そういう企画書もありますね! ……いや,ほんと申し訳ない。「まほよ」はもちろんこれだけで話として区切りがついているのですが,あの街と三人をメインにした物語はまだ続きがある。「十角館の殺人」の後の「水車館の殺人」みたいな。たぶん全3部作ぐらい。最後まで語れば青子や草十郎,有珠の行く末がはっきり分かります。……さすがにプレイヤーさんをこれ以上お待たせするのは避けたいので,発表する時は2部と3部の間は短くしたい。2部になると本格的な話がはじまってしまうので。
4Gamer:
おお,続編があるんですね!
奈須氏:
続きはあります。もちろん今回の第1部だけでもひとつのジュブナイル作品として完結していますが,中には「?」と首をかしげる部分もある。最低限のヒントは散りばめているので,読み手は感覚的に「こういう事だろう」と理解していると思うのですが,そのあたりの解答を語る時こそ最高のカタルシスが訪れるでしょうし。……そこはやはり,第3部を待っていてほしい,と言うしかない。
4Gamer:
となると,いつ頃なのかというのが気になってしまうわけですが……。
奈須氏:
今回時間がかかってしまった演出部分に関しては,どうやれば効率がいいのかが見えましたので,時間はかなり短縮できると思います。なので監督であるつくりものじの負担が減るような体制で臨めるはずです。
こやま氏:
振り返ってみると,今回の制作は無駄な部分も多かったですから。素材の作り方も試行錯誤の繰り返しでしたし。最初から方法論が確立していて,ゴールも見えている今なら,もっと効率的に作れるはずです。
4Gamer:
ということは,また何年も悶々と過ごす……なんてことにはならないと?
つくり氏:
シナリオさえあれば,自分は明日からでも作業するんですけどねえ(チラッ)。
奈須氏:
誰か俺のクローン作ってくれ。「まほよ」が発売するまで止めていた案件が,雪崩のようにだな……。
4Gamer:
真面目な話,今回以上のクオリティが望めるというのなら,みんなあと1年,いや2年くらいは余裕で待てる……ハズです。
奈須氏:
ありがとうございます! 僕は今,人間の温かさに触れました!
つくり氏:
いや,待てるわけないだろ。
奈須氏:
ものじぃーぃぃい! ……いや,でも本当にすいません。クオリティをさらに上げつつ,最高の物語を届けられるように頑張ります。本当に,期待して待ってもらえてるうちが華なので。
4Gamer:
続編があるということで,どうしても気になってしまうのですが,橙子ではなく青子が蒼崎の後継者に選ばれた理由というのは,作中では明確に語られていませんよね? これは今後のお楽しみ,ということなんでしょうか。
ヒントは散りばめてますから,勘のいい人は気付くと思いますけど。青子の魔術回路の構造がヒントです。橙子の魔術回路は業界屈指のものだけど,蒼崎の第五魔法にはそんなもの必要なかった。むしろ青子の単純さこそもっとも適している,みたいな。
4Gamer:
第五魔法そのものについても,まだまだ秘密が隠されてそうですよね。
奈須氏:
きっと皆さん,そこが気になってると思うんですけど……すいません,それが分かるのはもうちょっと後なんです。冒頭でもお話しした「進む文明」というテーマにも絡んでくるので……。
4Gamer:
森を出て文明に触れることで堕落していく草十郎と,それを見守る青子,という図式でしょうか。
奈須氏:
作中でも婉曲的に語っていますが,有珠は中世の文明の代表で,青子は消費文明の代表です。青子がどうして“最新の”魔法使いなのか,その答えも第五の中にあります。
4Gamer:
あー……なるほど。分かりました,今後を楽しみにしたいと思います(笑)。では「まほよ」以外についてはいかがですか。
奈須氏:
TYPE-MOONで動いてる企画でいうと,まず第一に先日延期が発表されてしまった「フェイト/エクストラ CCC」があります。延期は本当にすいません! ですが,プレイしてくれた人が「ニッチなゲームもいいじゃないか!」と思ってくれるくらいに,濃厚な作品となるよう頑張っているので期待してください。
それからまだ詳細は話せないんですが,みなさん待っていてくださる月姫のリメイクも並行して進んでます。こちらに関しても楽しみにしてもらえればと。
4Gamer:
あの,個人的な興味で申し訳ないのですが,「DDD」の方は……。
奈須氏:
うぐぐ(汗)。……待っていただいている読者の皆さんには,言葉もないほど感謝しています。あれもゴールは見えてるので,「まほよ」が終わったら……。
4Gamer:
分かりました(笑)。では締めの言葉として,こやまさんとつくりさんからも,今後の活動への意気込みなどをいただけるでしょうか。
こやま氏:
はい。自分が初めて原画を担当させていただいたのが「まほよ」なので,やっぱり作品に対して格別の思い入れがあります。なので,2部と3部をしっかり作って,綺麗にケリをつけたいですね。
つくり氏:
自分は外からの評価も当然気になりますが,それとは別に,自分の納得するところまで持っていきたい人間なんだということが今回で分かったので。「まほよ」に関しては第1部をああいった形で作ってしまった以上,続編を責任もって最後まで仕上げたいと思います。制作工程も見直して,なるべく早くお届けしたいと。
4Gamer:
第1部をプレイさせていただいて,シナリオももちろんですが,ノベルゲームの次のステージを見せられた思いです。ジャンル全体の底上げが,続く作品でも行われることに期待したいと思います。本日はありがとうございました。
TYPE-MOONが活動を開始してから,すでに十年以上。月姫から始まり,Fate〜魔法使いの夜といったノベルゲーム作品以外にも,アニメやコミック,そのほか各種スピンアウトなど,さまざまな関連作品が展開されている。その広がりはもはやTYPE-MOONという枠さえ超えて,拡大を続けている。
新しくTYPE-MOON作品に触れようと考えている人からは,しばしば「どれから始めればいいのか分からない」という声を聴くことがある。その答えはもちろん幾通りもあるのだが,筆者としてはぜひこの「まほよ」をオススメしたい。本作は月姫,空の境界,Fateといった奈須きのこワールドの根底をなす作品でもあり,そして最新の物語なのだから。
冒頭でも触れたとおり,公式サイトの「SPECIAL」の項目からは,本作の体験版もダウンロードでき,また公式通販パンフレットも公開されている(PDF)。ここまで読みすすめてしまったのに,未だ本作を未プレイ(あるいは積んでる)という人は,この機会にぜひ体験してみてほしい。
さまざまな方向に展開し,拡張を続けるTYPE-MOONと奈須きのこワールド。それが時代の最先端を駆け抜け続ける物である限り,今後もその活動からは目が離せない。
――2012年4月20日収録
「魔法使いの夜」公式サイト
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