イベント
中国在住のゲームクリエイター・高橋玲央奈氏がChinaJoy 2021の模様を紹介したオンラインセミナーをレポート
ChinaJoyに見る,コロナ下での大規模オフラインイベント開催。ワクチン接種も会場内で可能
2019年末に端を発した,新型コロナウイルス感染症発生から1年半以上が経過している。国をまたいだ移動には大変な困難が伴うため,ゲーム業界的には,大きなイベントも軒並み中止や延期,オンライン開催などに変更を余儀なくされている中でもChinaJoy 2021は,会期通りにオフラインで開催している。その感染対策についてちょっとのぞいてみよう。
改めて説明しておくと,ChinaJoyはE3やgamescom,東京ゲームショウなどと並ぶ規模の中国最大のゲーム展示会だ。高橋氏によると2020年に発生したコロナ禍以降,中国国内向けの傾向が強くなり,ChinaJoy 2021では英語版の公式サイトが用意されなかったとのこと。
ChinaJoyへのコロナ禍の影響は大きく,BtoBエリアはそれ以前の3.5ホールから前回と今回は1.5ホールに縮小した。もっともChinaJoyにおけるBtoBの縮小には,WeChatグループを利用した交流活動のオンライン化や,海外進出系を中心にBtoBマッチングのだいたいイベントが上海各地で並行して行われるようになったという背景があるとのこと。
一方,BtoCエリアはコロナ禍以前の12ホールから前回は9ホールにまで縮小したが,今回は11ホールまで拡大した。
そんな状況下の開催ではあったが,日本からの出展は前回より多かったという。加えてVIPO(映像産業振興機構)と華和結ホールディングスのJCCDが,日本のIPを紹介する「日本館」を出展していたそうだ。
高橋氏は2020年に中国法人を設立しており,今回初めてChinaJoyにBtoBブースを出展した。その準備の中には,コロナウイルス対策も含まれており,7月24日には新たに「7日以内のPCR検査結果」と「ワクチン接種証明書」の提出を求める通達があったため,高橋氏は地元の病院で丸1日以上かけて用意したという。
ところが7月28日には,ほかの出展者から「上海でのPCR検査結果」が必要という連絡があり,高橋氏を含めた多くの出展者は検査を受け直す羽目になってしまったそうだ。しかもChinaJoyの主催者に問い合わせても,まったく回答は得られず,開催前日の7月29日深夜1:00過ぎにようやく正式に通達されたとのこと。
情報が錯綜する中,ようやく会場のブースに到着した高橋氏だったが,商談相手にプレゼントするために用意したグッズを,無料で配布していると勘違いした老人が持っていこうとするトラブルが発生。散々なChinaJoy 2021の幕開けである。
ChainaJoy 2021には,日本のゲーム企業や広告代理店も出展した。高橋氏によると,広告代理店は以前は中国にある日系企業のサポートをしていたが,現在は中国企業に対してソリューションを提供することがメインになっているという。
またゲーム企業のKlabも出展していたが,日本のIPを使って中国の有名デベロッパ/パブリッシャと一緒に世界に進出するというイメージとのこと。例え日本のIPであっても,中国で先行リリースし,ヒットしてから日本やほかの国・地域に展開していくというわけである。このアプローチは,DeNAなども採用しているそうだ。
上の写真でお分かりのように,BtoBエリアは閑散としていたのだが,それはBtoCエリアも同じだった。高橋氏は3日めの8月1日に初めてBtoCエリアに足を運んだそうだが,その日の朝,入場には48時間以内のPCR検査結果が必要で,ゲーム大会など人が集まるイベントの禁止,グッズの配布禁止,飲食禁止,マスクと手袋の着用必須といった通達があったという。
しばらく経つと,少しずつ入場者も増え,それに伴ってグッズの配布なども始まったそうだ。ブース内がダメなら通路で,会場内でダメなら場外でグッズを配布するといったように,各社さまざまな手段を講じていたそうで,高橋氏は中国の有名な成句である「上有政策,下有対策」(上に政策あれば下に対策あり)を地で行っていたと話していた。
ChinaJoy 2021閉幕直後の8月4日,中国の新華社通信系列の国営紙が「精神的アヘンが数千億人民幣の産業に成長した」というタイトルで自国のゲーム産業に関する記事を公開し,テンセントを筆頭とする中国のゲーム企業の株価が大幅に下落したのは記憶に新しいところだ。
高橋氏によると,これは「義務教育段階の学生の宿題および校外の習いごとの負担軽減に関する政府からの意見」に含まれていた,「ネット中毒防止のために,学生に正しく電子機器を利用するよう指導すべき」という旨の文言を拡大解釈し,「ゲーム産業の成長は未成年を犠牲にしている」という論調で書かれているという。
この記事は中国国内でも大きな議論を呼び,一時削除され「精神的アヘン」という言葉が訂正されて再掲載されたが,高橋氏はこの件に関して2つの問題を示した。
その1つ,「弱い論拠でゲーム全体を批判」では,統計データや記者が個人的に行ったアンケート結果と乖離した結論を出していることを指摘。例えばアンケートで回答者がそれほどゲームに時間を費やしていないという結果が出ているのに,「こういう場では控えめに答えるから,実際はもっと多いはず」といったように,強引で稚拙な内容になっているというわけである。
2つめは「精神的アヘン」という言葉が体制批判につながっていること。この言葉はカール・マルクスが「ヘーゲル法哲学批判序論」の中で宗教を批判した1節から採られているはずだが,そこには「宗教は民衆に幸福を与える幻想である。それを破壊するためには,現実に民衆の幸福を求めるべき」──つまり「社会を批判しろ」という旨が書かれている。
したがって精神的アヘンという言葉の背後には本来,「ゲームがアヘンだったら,現実をもっと良くしろ」という体制批判が含まれているというのが高橋氏の見解である。そして高橋氏は,この記事を書いた記者はおそらく「ヘーゲル法哲学批判序論」を読んでいないだろうと持論を語った。
この件に関して,メディアにはシリアスゲームなど社会に役立つゲームの存在や,テンセントの未成年ユーザー対策などを紹介するゲーム擁護記事が掲載されたという。
また大手プラットフォーム・TapTapのCEOは,SNSに「検閲は歓迎するが,『精神的アヘン』という言葉は中国文化を形成する1100万人のゲーム業界人に対する侮辱である」という内容の投稿をしたとのこと。その一方で,保護者が安心して未成年にゲームを与えられる環境を作らなければならないともアピールしていたそうだ。
なお現在の中国では,オリジナリティがあり,かつクオリティの高いゲームでないと版号が発行されず,国内で配信することができない。そのため日本など海外に輸出して外貨を稼いだり,中国国内でも利用可能なSteamを介して買い切りのゲームやインディーゲームを配信したりしているとのこと。また各社とも未成年ユーザーの対策に注力しており,プレイ時間や課金額の制限を厳しくしているとのこと。さらには9月に施行される「データセキュリティー法」により,広告の出稿やゲームのデータを海外に持ち出すのも難しくなるという。すなわち海外のゲームが中国に進出する際のハードルが高くなるので,中国のゲーム市場が今後変容していくというのが,高橋氏の見解である。
そのように変わっていくと予想される現在の中国ゲーム市場には,VR復権の兆しがあるとのことで,高橋氏はChinaJoy 2021でも5G回線の普及に伴いクラウドVRなどの出展が目立ったことを指摘し,とくにスマホVRが盛り上がるのではないかと語った。
また買い切りゲームにも復調の兆しがあるという。高橋氏は,「精神的アヘン」という言葉は今後もF2Pのビジネスモデルに影を落とす一方,上記のインディーズゲームの盛り上がりやハイクオリティゲームに対する政府の後押し,そしてゲームにきちんと対価を払える層が増えたことにより,買い切りゲームが盛り上がってくると予想した。
現在,高橋氏のもとには,中国のゲーム業界関係者からさまざまな問い合わせが寄せられているという。それはChinaJoy 2021に出展しリリースに掲載されたことや,インディーゲーム事業支援プログラム「iGi indie Game incubator」のメンターを務めるなど中国のゲーム業界にも深くコミットしたことにより,自身の存在が広く認知されたことが理由だ。
その環境の中で高橋氏自身は,自分のゲームを作りたいと思っているとのこと。コロナ禍で知人が亡くなっていき,自分も明日どうなるか分からない中,自分のゲームを作るほかないだろうと考えていると語っていた。
- この記事のURL: