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[GDC 2019]機械学習がゲーム開発の未来を変える? Ubisoft La Forgeが近年の研究成果を報告
Ubisoft La Forgeは3年ほど前に発足した新しい部門で,新作タイトル向けのゲームエンジンやツールの開発を直接的に行うのではなく,そのR&Dを補うためのさらに先進的な研究が目的だと語るジャッキアール氏。
研究テーマは人工知能(AI)や機械学習(ML)だけに留まらず,さらに地域の大学の研究者たちとの交流活動も行うなどして,デジタルテクノロジーの発展を促しているという。
企業に直接的な利益を生み出すわけではないものの,常に変化していく最先端技術に対応していくための,Ubisoftの頭脳であると言えるだろう。
今回のGDC 2019では「Machine Learning Tutorial」という専用トラックが用意されたほど,MLはゲーム業界でも最新の関心事だが,中でもUbisoftのチームが関わっている講義が目立った。非常に専門的で,我々のような一般のプレイヤー向けではないものが多かったが,ジャッキアール氏のセッションは「ゲームのための機械学習の錬金術と科学」(The Alchemy and Science of Machine Learning for Games)というタイトルで,ゲーム企業の機械学習の導入を促進する意図があったようだ。
近年におけるAI技術の大きな発展によって,機械学習という言葉がITから自動車,ヘルスケアなどにも随分と浸透してきた印象だが,ジャッキアール氏は「ゲーム業界を含めて,まだまだ社会の破壊的要素であると考えられている」と,社会的な風潮を批判する。
ジャッキアール氏は,AIによる社会の発展は電気が導入された社会のようなものであるとし,今後は人間の生活の中になくてはならないものになっていくと強調した。もちろん,ゲーム業界においてもなくてはならないものになるわけで,それは「すぐそこまで来ている」とジャッキアール氏は説いていた。
機械学習によるリップシンキング
そんなジャッキアール氏率いるUbisoft La Forgeが,機械学習について行っている3つの主な研究課題が,「リップシンキング」「アニメーション」「デバッギング」だ。
Ubisoft La Forgeが研究するリップシンキングのAIは,「SoundMatching AI System」と名付けられており,すでに「アサシンクリード オデッセイ」のキャラクターを利用してテストも行われているなど,実用化に向けた動きが進められているらしい。
「アサシンクリード オデッセイ」のようなAAAタイトルの開発においては,パフォーマンスキャプチャーや表情アニメーションの作成時に,それぞれのキャラクターのベースとなる俳優から膨大なデータが採取される。ただし,彼らは主に主要マーケットである英語圏の役者であることが多く,多言語に翻訳された場合の音と唇を合わせる作業は,サポート言語の数によって増加していく。
4Gamer読者にも,カットシーンでキャラクターが話し終わって口をつぐんでいるのに,翻訳された日本語のセリフが流れているとか,あるいはその逆のケースに遭遇した人がいるかもしれない。それくらい言葉と唇の動きを合わせるのは難しいのだが,その作業の負担を軽減する目的で開発が進められているのが,「SoundMatching AI System」であるというわけだ。
Ubisoft Entertainmentのような大企業にもなると,すでに各言語の発音に合わせた膨大な“唇アニメーション”のデータセットを保有していると思われる。
「SoundMatching AI System」は,そのデータをもとに,各言語を話す唇の動きを自然な流れでアウトプットするアルゴリズムと言えるもので,少なくとも現段階では俳優,声優,アニメーターの仕事を奪うために利用されているのではない。
また,Ubisoft La Forgeが公開しているトレイラーを見ても分かるように,感情のこもった表情やセリフは,唇の動きだけで表現できるものでは決してない。
キャラクターアニメーション
機械学習はキャラクターアニメーションにおいても実用に向けての研究が進められている。オプティカルなモーションキャプチャー技術は,ゲームや映画スタジオにとっては,その再現度やフレキシビリティ,そして豊富な人材やツールが整っているという点で,もはやなくてはならない存在になっている。
モーションキャプチャースタジオでは,これまでに膨大な量のマーカーデータが採取されているはずだが,それらのデータはほぼ手動で“クリーニング”されてしまうため,実際に製品化されるのはほんの一部でしかなかった。
モーションキャプチャデータは,それぞれのキャラクターボディのマーカーに適用させる“ソルヴィング”というプロセスを経たのちに,キネマティックベースのターゲット化が行われるのだが,Ubisoft La Forgeでは,このソルヴィングの過程に機械学習を導入する研究を進めている。故意にバグを発生させたマーカーデータをニューラルネットワークに送り込み,正確なジョイントを再現してからアウトプットするという実験を行っているそうだ。
そうしたエラーデータから発生する問題を解決するツールはすでに存在しているものの,アニメーターがマニュアルで修正する作業が大幅に軽減されるという。
ここで利用されている技術は,特定の環境内におけるエージェントが与えられた状態を観測し,既存のデータセットを利用して問題を解決していくという,機械学習の中でも「強化学習」(Reinforcement Learning)と呼ばれるもので,神経科学のシミュレーションモデルなど,ここ10年ほどで研究が進められている最新分野である。
デバッギングも強化学習で
プログラミングだけでなく,デバッギングも非常に人手が必要になる作業だが,Ubisoft La Forgeは「SmartBot」というデバッギング用のアルゴリズムを開発。リリース済みの「ウォッチドッグス 2」「ザ クルー2」「フォーオナー」といったソフトを利用し,「SmartBot」にドライビングやパスファインディングを強化学習させて,本来なら多くのテスターに委ねられている脆弱性やバグのチェックに役立てられることを実証しつつあるという。
Ubisoft La Forgeでは,BOTに「衝突しないこと」や「相手を倒すこと」といったことに対する“報酬”を設定し,いくつかのシークエンスにおいて失敗と成功を重ねながら,さまざまパターンを自動的に学習するという仕組みを取っている。
「フォーオナー」においては,相手にヒットすることでポイントを得て,相手の攻撃を受けるとポイントが減るという設定をしたところ,「SmartBot」は8時間ほどで1万対戦をこなし,最終的に相手にポイントを与えないパーフェクトスコアを得ることができるようになったという。
2015年にリリースされた「レインボーシックス シージ」では,関わった600人を超える人員のうち,コーディングを担当したプログラマーだけでも100人,テスターは200人に及んだという。「SmartBot」のような機械学習のアルゴリズムを導入すれば,デバッギングに必要な人材や時間的な投資も軽減されるし,その後より意味のあるテスティングに移行することも可能になる。特に昨今のゲーム市場の風潮である,ライブコンテンツの導入が要求されるAAAタイトルにおいては,完成度の高いコンテンツのローンチまでの期間を短縮することもできるはずだ。
ジャッキアール氏は,実際のゲーム開発現場におけるAIの実践的な利用はまだまだ時期尚早だとしながらも,豊富なデータセットや,機械学習に関する知識の高まり,そして利用頻度の高さ次第では,ゲーム業界でも急速に発展していくだろうと予想する。
実際,2015年にプロの囲碁棋士を破った「AlphaGo」は,2016年の時点で実用化までに20年はかかると予想されていたが,2017年にはビッグデータを利用せずに機械学習のみの自己対戦でスキルアップする「AlphaGo Zero」が登場して汎用化された。
AI分野は驚くようなスピードで進化しており,現在では本物かどうか判別できないくらい精密な人物画像や映像を作り出している。ジャッキアール氏も,2020年までにはAAレベルの3Dキャラクター,2021年にはAAAレベルの3Dキャラクターが,ゲーム中で人間と区別できないくらいの動きを見せるかもしれないと予想する。
スピーチ認識も,大学機関から発表された2010年の研究の成果によって,非常に精度の高いAIエージェントや翻訳ソフトが誕生しているし,突然新しい研究が発表されてゲーム業界を急速に変化させていく可能性は十分にあるだろう。ジャッキアール氏は,「瞬きもできないほどの数年間になるかもしれない」と話していたが,そうしたゲームの進化を体験できることになるのかもしれないと,今回のセッションを傍聴しながら感じた。
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