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[GDC 2018]ILMxLABの目指す未来は,VRやARを超えた「Hyper Reality」
そのILMxLABでクリエイティブディレクターを務めるMohen Leo(モヘン・レオ)氏が,GDC 2018のビジョントラックに登壇し,「ILMxLAB: Pioneering Immersive Entertainment」(ILMxLAB: 没入性の高いエンターテイメントを開拓して)というセッションを行った。
セッションのテーマは,VRデバイスが一般化する未来像であるが,Leo氏が語ることを「子供騙し」や「ギークたちの妄想」と片付けてはいけない。いや,VRとともにある世界をそれなりに信じているであろう我々にとっては,氏の話を聞いているとワクワクして仕方のないのだが,VRにあまり接していない人からすれば,単なるB級映画のあらすじ程度にしか思えないかもしれないのだ。
Leo氏は,そうした懸念を前もって打ち消すかのように,天文学者で教員でもあるClifford Stoll(クリフォード・ストール)氏※による,ある有名な言葉を引用した。
※Clifford Stoll氏は,米国のローレンス・バークレー国立研究所でコンピュータのシステム管理者として勤務していた1986年に,研究所のシステムを経由して米軍のコンピュータに侵入していたハッカーを逮捕するために,CIAと協力して捜査に貢献した人物であり,コンピュータ分野の素人ではない。のちに,この事件をまとめた書籍「カッコウはコンピュータに卵を産む」を出版して,その名を知られるようになった。
ちなみに引用の発言は,Stoll氏が1995年に,自著「インターネットはからっぽの洞窟」について,雑誌「ニューズウィーク」に語った記事にあるものだ。Stoll氏も後年,自著におけるコンピュータやネットワークに対して批判的な予言の多くが間違っていたことを認めているのだが,「コンピュータやネットワークが我々の生活や社会に浸透し,VRが徐々に新しい未来を切り開いている現状においては,もはや笑い種になっている」とLeo氏は語る。
そんなLeo氏は,1年ほど前に,郊外にある住宅からサンフランシスコ市内に舞い戻ったそうだ。自分のアパートに新しい家具を入れるにあたって,まずは何もない部屋を自分のデジタルカメラで撮影し,撮影データをILMxLABのオフィスに持ち込んでフォトグラメトリ(写真測量)という技術により3Dモデル化してから,どんな家具でどんな大きさのものが良いか,VRヘッドマウントディスプレイ(以下,HMD)を使って検討したのだという。
オフィスの機材やソフトウェアはともかく,撮影に使ったカメラやノートPC,VR HMDなどは,テクノロジーに明るいゲーマーなら,すでに所有しているものばかりだ。
ここからLeo氏は,ひとつの未来像を導き出す。テーマパークのThe Voidは,その場所にユーザーが足を運び,用意されたVRコンテンツを楽しむだけである。しかし,やがてはその体験を記録して,家に帰ってからも再生して,家族や友人と体験を共有したり,コンテンツの続きをテーマパーク外で楽しめるようになるという。
さらには,「そのテーマパークにしかいないマスコットキャラクターをダウンロードして,自分のVRデバイスだけに登場するVRアシスタントとして利用したり,テレビをつけるとそのキャラクターが登場したりするような,個々のユーザーごとにカスタマイズしたコンテンツを,リアルタイムでストリーミングできるようになるだろう」と,Leo氏は続ける。
「やがては,そのマスコットキャラクターを屋外に持ち出して,街中(まちなか)で他のユーザーの持つマスコットキャラクターと引き合わせたり,あるいは戦わせたりもできるようになるだろう」(Leo氏)。
「あるいは,ユーザーの部屋に,テーマパークと同じテクスチャや仮想オブジェクトを被せることで,たとえば,コーヒーテーブルを宇宙船のコンソールに見立て,窓の外には宇宙が広がるような疑似世界を作り出すことも可能だ」とLeo氏は述べる。
そのうえで,「我々は,すでにネットワークでつながっているのだから,そうした自室の宇宙船を使って,仲間たちと宇宙の航海に出かけ,旅先で出会った他のプレイヤーたちと一戦を交えるようになるかもしれないのだ」と語った。
「Google Assistant」や,Windows 10における「Cortana」,そして「Amazon Alexa」といった,クラウド上に基盤を持つ音声アシスタントサービスがすでに実用化され,Microsoftの「HoloLens」や,Magic Leapの「Magic Leap One」のようなMixed Reality(複合現実,以下MR)対応HMDが製品化されようとしている今では,上記のようなLeo氏のビジョンは,それほど奇想天外なものではなく,数年後には,起こっていてもおかしくないようなものではないだろうか。
もちろん,そこに至るまでは,数々の法的整備が必要かもしれないし,社会的に受け入れられることも必要になっていくだろう。ただ,VRによるエンターテイメントは,今後急速に拡大,発展していくのは間違いないはずだ。現実世界とVRの境界線は,さらに曖昧になっていくのかもしれないが,Leo氏の言葉を借りるなら,「双方の世界は2つに分かれている必要もなくなってくる」という可能性もあるのではないだろうか。
VRコンテンツは,ストーリーテリングからストーリーリビングへ
Leo氏による15分ほどの講演に続いては,The Voidのプロデューサーで,元ILMのCamille Cellucci(カミール・セルッチ)氏と,同じく元ILMで,現在はEpic GamesのシニアプロデューサーであるJudah Graham(ジュダ・グラハム)氏を交え,Skywalker SoundのサウンドエディターであるDavid Collins(デイヴィッド・コリンズ)氏がモデレーターを務めるパネルディスカッションが始まった。
まずCellucci氏は,The Voidで提供しているのは単なるVRゲームではなく,「Hyper Reality」であると主張した。来場者はVR HMDだけでなく,ゲーム内容に応じて振動する胸当てを装着したうえで,ゲーム世界で爆発が起きると,何かが燃えたような匂いが放出されるといった具合に,視覚と聴覚に加えて,触覚や嗅覚にも訴えかけているから,というわけだ。
「究極的には,視覚や聴覚だけでなく,人間の五感すべてでVRを体験できるようになる」とCellucci氏は述べ,Graham氏とLeo氏も同意した。
我々が今,VRゲームをプレイするとき,VR HMDの中に広がる世界は,作られたVRのものであると理解しているが,やがてはVRと現実世界の境目も希薄になる。たとえば,Leo氏の兄弟は,医療分野の研究者という非常に教養の高そうな人物だが,The Voidで提供されているコンテンツのひとつ「Ghostbusters Dimension」をLeo氏とともに体験したあとで,「あのゲームで,どうしても解せないことがあるんだ。ゴーストを始末するのにエレベーターに乗って4階上に上がったけど,The Voidの建物は,平屋建ての倉庫だったよね?」と,家族の前で話したそうだ。
当然ながら,エレベーターを使ったのはVRコンテンツの中での出来事なのだが,記憶の中では,現実とVRの体験を混同してしまっていたらしい。Graham氏はパネルディスカッションの中で,「VRは消費者にカスタマイズされた記憶をもたらす効果がある」と語っていたが,まさにその好例が,Leo氏の兄弟による体験といったところだろうか。
最後にLeo氏は,「VRにおけるストーリーテリングは,あくまでも枠組みを与えるものであり,VR世界において,個々のユーザーが見る世界や体験することは,それぞれ異なる」と述べていた。それを受けてCellucci氏も,「(VRコンテンツは)ストーリーテリングではなく,ストーリー“リビング”※であり,我々(=VRコンテンツの開発者)が考えるべきことは,VR世界では,ユーザーがそれぞれの体験を消化するための自由を,与えることはないでしょうか」とまとめていた。
※まるでストーリーの中で生きたかのような体験を与える手法,といったところか
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