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「未解決事件は終わらせないといけないから」ポストモーテム。怒りや嫌悪を煽る時代だからこそ,優しさにあふれたものを作ろう[IDC2024]
講演では,ゲーム開発者のSomi氏が,過去に手がけてきたタイトルの開発経緯を振り返り,その経験を経て「未解決事件は終わらせないといけないから」で表現したかったこと,それを実現するためにどのような仕組みをゲームに盛り込んだかなどを語った。
なお,本講演は「未解決事件は終わらせないといけないから」のネタバレを含むので,注意してほしい。
セッションの最初では,Somi氏が“罪悪感三部作”と呼ぶ3つのタイトルが紹介された。
全体主義の国家を舞台に,他人のスマホを覗き見て,テロ容疑を裏付ける証拠を探し出す「REPLICA」。犯人の検挙実績という警察署内部の成果主義に晒されながら,検察庁への意見書を作成する「リーガルダンジョン」。暗号だらけの祖父の日記を読み解き,家族3世代のもつれあった感情を描いていく「The Wake: Mourning Father, Mourning Mother」。“罪悪感三部作”という名のとおり,これらはプレイヤーが強烈に罪悪感を感じるものになっている。
この3タイトルでSomi氏が描いた罪悪感とは,氏自身の実体験や社会で感じた罪悪感から来ており,ゲームを通じて悲惨な現実やその中で苦しんでいる自分自身を表現したそうだ。
こうした社会的なメッセージ性の高いタイトルを手がけていく中で,Somi氏はある考えを持っていた。それは「メッセージを盛り込むのは大切だが,ゲームはそれ以上に美しくなければならないのではないか」ということだ。
ゲームを盾にしてメッセージを伝えるという行為は,単なるメッセージを伝達するツールとしてゲームを利用しているに過ぎない。ゲームが単なるプロパガンダになってはならないとSomi氏は感じていたそうだ。
そんな考えを持ち続けながら,2023年の初めから新作の構想を練り始めた氏だったが,今回はこれまでのゲームとは異なり,“自身のメッセージとは独立した,美しく,完璧なゲーム”を目指そうと考えた。
また,当時メディアを通して,Somi氏の目に飛び込んできたニュースや物語は,人々の対立を煽るようなものや嘆きを伝えるものが多かった。こうした状況を振り返った時に「怒りや嫌悪を煽るものがあふれる時代に,ゲームで悲しい物語を見せることが正しいのだろうか」と疑問を抱いていたそうだ。
氏自身も最初は,シナリオを考えれば考えるほど,悲劇的な物語ばかりが思い浮かんだという。
悩んだ末にSomi氏は,「こんな時代だからこそ,誰も傷つかず,誰も悪意がなく,見返りのない優しさや善行によって形成されたシナリオを作ろう」という決意を固めた。
慣れ親しんだ舞台に見知らぬ体験を入れる
続いて,Somi氏はゲームをデザインするうえで大切にしていることを挙げた。1つめは「前例のないゲームデザイン」ということ。一分一秒というスピードで新たなゲームが生まれる今,前例のあるゲームを作っても意味がないと感じているからだそう。
2つめは,「チュートリアルがないゲーム」ということ。Somi氏はゲームを起動して会社のロゴが出た瞬間に,プレイヤーはゲームの主人公となり,その世界に没入すると考えている。しかし,チュートリアルで下手に「ああしろ,こうしろ」と言ってしまうと,せっかくの没入感を損ねてしまう。
この2つの要素は一見相容れない存在に見える。普通,前例のないゲームデザインを採用すれば,それだけチュートリアルは手厚くしないと,プレイヤーが混乱してしまう。そこでSomi氏が採用したのが,「慣れ親しんだ舞台に見知らぬ体験を入れる」ということだ。
たとえば「REPLICA」では,スマートフォンを操作するという行為をゲーム体験に取り入れ,そこにテロ容疑を裏付ける証拠を探し出すという見知らぬ体験を盛り込んでいる。スマートフォンの操作は,多くの人が慣れ親しんでいる行為であるため,チュートリアルは必要ないし,テロの証拠を探すという経験はプレイヤーが初めて体験する新鮮な要素だ。
この方式は「未解決事件は終わらせないといけないから」でも取り入れられている。同作は未解決事件の手がかりとして,主人公が他人と交わした会話を整理していくが,その内容はSNSのタイムラインのように表示される。
そのほかにも@(登場人物)のリンクを押せば,その指定した人物との会話に飛べるし,ハッシュタグを押せばそのワードに関連する情報に飛べる。プレイヤーが日常で慣れ親しんだものを取り入れることで,操作方法の説明を省略しているのだ。
「未解決事件は終わらせないといけないから」はマルチエンディングのゲームだが,2つのエンディングは直接つながっており,本質的には一本道になっている。そのため,いかにしてプレイヤーに「自分自身で推理をしている」「自由にゲームを進めている」という感覚を持ってもらうかにも注力していたという。
これらの感覚を持ってもらう仕組みを作るのは簡単ではなかったそうだが,最終的には,「プレイヤー自身が犯人である」と思わせる物語の構造にすることで,これらをクリアした。
最初は個々のプレイヤーが持つ偏見を元に事件の真相を予想するが,ゲームを進めるにつれて,予想した真相を疑うことになる。そして,最終的に「未解決事件なった理由は自分にあるのでは」と自身を疑う。そうした体験を入れることで,「自分自身で推理をしている」「自由にゲームを進めている」という感覚を持ってもらおうと考えたのである。
“推理している感”“自由にゲームを進めている感”を味わわせるものは,ゲームシステムにも組み込まれている。たとえばゲーム中に出てくる会話は,ハッシュタグを押すことで新たなものが1つ見られるようになるが,複数の会話からどれを先に開放するかはプレイヤーに委ねられている。
こうして自身が選択することで,プレイヤーはあたかも「自身の選択,あるいはランダムで表示された断片的な会話から真実を読み取っている」と感じるのだ。しかし,表示する会話には,ゲームの進行に応じて露出許容値が三段階に設定されており,開発者の意図した思考の流れになりやすいように表示タイミングが調整されているのだという。
この構造はうまくいけば効果的だが,一度プレイヤー側に違和感を覚えられると“幼稚で不愉快な詐欺劇”と捉えられかねない。そのため,会話が表示されるタイミングについては,発売直前で何度も調整を重ねたそうだ。
温かい開発者だけが温かいゲームを作れる
こうして完成した「未解決事件を終わらせないといけないから」だったが,発売前にはSomi氏の中でさまざまな感情が移り変わっていた。「Game of the Yearにノミネートされるだろ!」と自信に満ちた日もあれば,「こんなゲーム誰も興味ないんじゃないか」と不安になる日もあったという。
そんなSomi氏だったが,本作のローカライズを担当した翻訳者たちから「泣きました」とプレイした感想をもらったことで,希望を見出すことになった。結果的に2024年1月のリリース後には,これまで自身の手掛けてきたタイトルの中で最も大きな反響があり,Somi氏も「夢のような時間を過ごしている」と喜びと感謝を語った。
またSomi氏は,これまでのゲーム開発を通じて「自分だけの独自の世界を構築すること」が大切であると感じているそうで,独自の世界を構築することで,ゲームに作家性が生まれ,「この開発者のゲームなら」と期待感を持ってもらえるようになると,ブランドを作ることの重要性も語っていた。
最後にSomi氏は,ゲームを作ることは,開発者が独自の世界を作り,キャラに人格を与えることであり,そこには開発者の持っている思想と価値観,偏見が反映されると見解を述べる。そして,「悪意を持って他人を差別する人は少ないが,悪意のない偏見や固定観念で苦しんでいる人は多い,ゲーム開発者もそうした悪意のない加害者になることがある」と警鐘を鳴らす。
氏自身も「温かな開発者だけが温かいゲームを作れる」という信念のもと,自身の作品で苦しい思いをしている人がいないかを考えていき,正しい哲学と思想を考えていくことを続けていきたいと語っていた。
「Indie Developers Conference 2024」公式サイト
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