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[GDC 2025]「MARVEL SNAP」の実践的なプロトタイピング手法とその成果――Second Dinnerが語る「ライブプロトタイピング」とは
ここでは「MARVEL SNAP」(PC / iOS / Android)の開発における,実践的なプロトタイピング手法とその成果についてお伝えしよう。
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Hagman氏は2011年,Blizzard Entertainmentでキャリアをスタートし,「Heroes of the Storm」の開発チームに早期から参加。当時は6人目のメンバーとして加わり,バトルグラウンドデザイン,戦闘システム,タレントツリーシステム,ヒーローデザインなど多岐にわたる業務を担当した。とくに,2人のプレイヤーで操作するヒーロー「Cho'Gall」のデザインを手がけたことを,彼は誇りにしているそうだ。
2020年3月,Hagman氏は当時わずか15人のスタジオだったSecond Dinnerに入社する。MARVEL SNAPの開発では,デザインチームの一員としてカードやロケーションのデザインに携わるだけでなく,デイリーミッション,ショップシステム,ホットロケーション,カードアップグレード,コレクションレベルシステムなど,多くのシステムを設計した。
Hagman氏は本作を,「一見シンプルだが,大きなプレイボタンの裏に多くの要素が隠れている」ゲームだと表現する。
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プロトタイピングの重要性と「Speed to Signal」の概念
講演の主題は,ライブサービスゲームでのプロトタイピングとその課題だ。Hagman氏によれば,ライブサービスゲームでは常に新しいコンテンツや機能を追加し,プレイヤーの関心を維持する必要がある。
Hagman氏は「Speed to Signal」(高品質なフィードバックをいかにすばやく得るか)という,Second Dinnerのアプローチについて説明した。彼の経験では,良いアイデアから優れた機能を作り上げるまでには,通常4〜7回の反復サイクルが必要となる。そのため,開発においては「いかに早くこのサイクルを回せるか」が重要だと強調した。
最も高速なゲームデザイン手法としては,紙を使ったプロトタイピングがある。実際,MARVEL SNAPのコアゲームプレイも,最初はBen Brode氏が古い名刺の裏面にカードデザインを書き付けた,ペーパープロトタイプから始まったという。この手法の強みは,アイデアから実際のプレイテストまでを1日で実現できる点にある。
講演では,本作の2023年2月から6月にかけてのプレイヤーエンゲージメントデータも示された。以下のグラフは,上位10%(P90),上位25%(P75),上位50%(P50)の最もアクティブなプレイヤーの毎日のプレイ回数を表している。
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この期間,チームは週次の新カード追加や小規模な品質改善は実施したものの,大型の新機能はリリースしておらず,エンゲージメントは緩やかに低下した。通常,新作ゲームではリリース後にプレイヤー数が減少する傾向があるため,当初はこの現象に大きな懸念も持っていなかった。
2023年6月,チームは新ゲームモード「Conquest」をリリースした。これは同じ相手と複数のゲームを連続して行うモードで,各プレイヤーはヘルスバーを持ち,勝利すると相手のヘルスを削れる仕組みだ。こちらはより戦略的で深みのあるゲーム体験の提供を目的としていた。
Hagman氏はグラフを拡張して,Conquest導入後の数か月間のデータも提示した。それによると,仮に従来の傾向が続いていた場合の予測値に比べて,実際のエンゲージメントは大幅に上昇し,とくに“最もアクティブなプレイヤー層において顕著な効果”が見られたという。この成功体験から,チームは新機能開発の重要性を再認識した。
ソーシャル機能の重要性と開発の決断
1つの成功を受け,チームは次なる大型機能として「ソーシャル機能」を検討し始めた。Hagman氏によれば,同機能は「プレイヤー同士が交流したり,協力・競争したりするシステム」を目指したそうだ。
具体例として彼は,「World of Warcraft」のオークションハウス周辺での交流,「Marvel Strike Force」のアライアンスレイド,「Helldivers 2」での共同目標達成などを挙げた。
Hagman氏はソーシャル機能がプレイヤーにもたらす価値として,より大きなコミュニティの一員であるという感覚を得られること,記憶に残る共有体験(例:WoWでのレイド初クリア)ができること,毎日ゲームにログインする動機づけになること(例:Clash Royaleのカード寄付システム)などを挙げた。また開発者の視点からは,プレイヤー同士の交流による新たな目標設定や,プレイヤー同士での楽しみの提供が,エンゲージメントとリテンションの向上につながると説明した。
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しかし,大規模な機能開発の最大の課題は「長い開発期間」だ。一般的にアイデアから実装,リリースまでに6か月以上かかることもあり,そのあいだに市場が変化してしまう危険性もある。Second Dinnerでは早いイテレーションを重視しており,この問題の解決方法を模索していた。
ペーパープロトタイプによる最初のアプローチと課題
チームはまず,コードをいっさい書かずに機能を検証するペーパープロトタイプのアプローチを選んだ。
「Clash of Clans」や「Clash Royale」からインスピレーションを得て,Discordを使用した簡易的なクランシステムを構築した。
最初のプロトタイプは基本的なクランシステムで,参加者にはDiscordでルールを共有し,カードを選んで使用したことを報告してもらう仕組みだった。報告に基づいてポイントを獲得できるシステムであったが,初期の興奮は見られたものの,数日後には「退屈」「面白くない」というフィードバックが寄せられた。
Hagman氏はこの時点で,新しいものに対する一時的な興奮から生まれる「ノベルティフィードバック」に,誤って自信を持ってしまったと振り返った。ノベルティフィードバックは実際の長期的な評価を反映していないため,デザイナーとしては注意すべき現象だという。
続く2つ目のプロトタイプでは,「トライアド」と呼ばれるシステムを導入した。これは3枚1組のカードセットを選択し,選んだ3枚をデッキに組み込んでプレイする方式だ。段階的にプレイして勝利するとポイントを獲得できる仕組みだったが,やはり参加者の満足度は低く,「まだ退屈」というフィードバックが続いた。
3回目のプロトタイプでは,さらに大きな方向転換を試みて,「スクワッド」システムを導入した。これはクランをより小規模な5人のスクワッドに分割し,より密接な交流を促進する狙いがあった。しかし,この試みも「クランとしての一体感が感じられない」というフィードバックが多く,カード選択システム自体に興味を失うプレイヤーが増えていった。
高品質と低品質のシグナル
Hagman氏はこれらの失敗の原因を「フィードバックの質」にあると分析した。彼はフィードバックのことを「シグナル」と表現し,その質がどういうものなのかを詳細に解説していった。
低品質シグナルとは,テスターの体験が実世界のプレイ体験と一致していなかったり,フィードバックがコンテンツではなくテスト自体に言及していたりするものを指す。
また,テスターが混乱や誤解をしている場合や,実際のプレイヤーからは出ないような意見も低品質シグナルに該当する。
こうした低品質シグナルは問題の本質が特定されず,開発も暗闇の中で進めることになる。その結果,デザイン改善の機会を逃したり,イテレーションループを無駄にしたりすることになると警告した。
低品質シグナルを得る最も簡単な方法として,彼は「友人や家族にフィードバックを求めること」を挙げた。愛する人ほど嘘をつく傾向があり,「あなたは嘘に囲まれている」と冗談交じりに指摘し,会場からは笑いが起こった。とくに新人デザイナーやゲーム開発学生にとっては,正直なフィードバックをくれる人を見つけることが重要だと強調した。
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反対に,高品質シグナルはテスターの体験が実世界のプレイヤー体験と一致し,フィードバックがコンテンツやデザインに焦点を当てている場合に得られるとした。テスターが意図を理解し,実際のプレイ環境のように行動している状態では,実在のプレイヤーから聞こえてきそうな意見も生まれる。高品質シグナルを得ると,なにを改善すべきかが明確になり,なぜ改善が必要なのかを理解できるわけだ。また根本的な問題解決が可能になり,次のデザインに自信を持って取り組めるという利点もある。
ただし,Hagman氏は「高品質」が必ずしも「ポジティブ」を意味するわけではないと口調を強めた。むしろ「否定的なフィードバックこそが最も価値のある高品質シグナルになり得る」と説明した。
その一例としてHagman氏は,さまざまなフィードバック例を示し,聴衆と一緒にその質を判断する演習を行った。
まず「新しい通貨システムはアンバランスです。数時間後には通貨があふれて,ショップが無意味になりました」というフィードバックは,高品質シグナルと評価した。こちらはシステムに直接言及し,具体的な問題点と結果を示しているためだ。
次に「チュートリアルのテキストが小さすぎて読めません」というフィードバックも,高品質シグナルだと言った。これはゲームデザイナーにとっては低品質だが,UXデザイナーにとっては価値があるからだ。
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3つ目の「新しいアビリティを試しましたが,最悪でした。とても遅かったです」というフィードバックは,最初の文は「最悪」という曖昧な表現で低品質だが,2文目の「遅い」は問題の具体的な側面を特定しているため,価値があると説明した。
Hagman氏はさらに「ミサイルの飛行時間が遅い」のような具体的な理由があれば,デザイナーがなにを修正すべきかが明確になるため,より高品質なフィードバックになり得ると付け加えた。
4つ目の「最初のミッション後,なにをすればいいのか分かりませんでした」というフィードバックは,文脈によって評価が変わるそうだ。ペーパープロトタイプのテスト段階なら,テスト設計の問題を指摘した低品質シグナルだが,クエストフローをテストしている段階なら,ゲーム内の案内不足を指摘した高品質シグナルになると解説した。
内発的動機と外発的動機のテスト
Hagman氏は,ゲームシステムを内発的動機と外発的動機に基づくものに分類して説明した。内発的動機に基づくシステムは,活動自体が楽しく,プレイヤーが報酬なしでも楽しむ傾向がある。例えば,ストリートファイターでコンボを決めることそのものが楽しい,といった場合だ。
このようなシステムはテストが比較的容易で,「楽しかったか」「またプレイしたいか」といった単純な質問でも有効な返答を得られる。
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対して,外発的動機に基づくシステムは外部報酬に左右される。進捗バーやリーダーボード,アイテムドロップなどがこれに該当し,プレイヤーが活動自体ではなく報酬を目的に遊ぶ場合だ。
このようなシステムはテストが非常に困難だという。なぜならテスト環境では実際の報酬を提供できないため,プレイヤーのモチベーションを正確に測定できないからだ。
Hagman氏が開発しようとしていたソーシャル機能(クランシステム)は,主に外発的動機に基づくものだった。プレイヤーは特定のカードでプレイしたり,勝利したりすることで,クラン全体に報酬をもたらすが,テスト環境では実際のゲーム内通貨や報酬を提供できないため,やはり正確なフィードバックを得ることができなかった。
この問題への対処法としてHagman氏は,「不完全ながらも2つの方法がある」と説明する。1つは「想像力に頼る」方法で,デザイナー自身が想像力を働かせたり,テスターに想像してもらったりするアプローチだ。しかし,経験豊富なゲームデザイナー以外には難しい方法でもある。
もう1つは「報酬の提供」で,金銭や特典でテスターにモチベーションを与える方法だ。ただし,こちらのゲーム内報酬の価値を金銭的に正確に変換することは不可能という問題がある。
Hagman氏は,ソフトローンチ前にDoorDash(フードデリバリーサービス)のギフトカードを報酬として用意した例を挙げつつ,この方法も完全な解決策ではなかったと認めた。彼はこの状況を「ゴルディアスの結び目」と表現し,解決不可能に見える難問だとしていた。
革新的なソリューション:ライブプロトタイピング
そんな中,Second Dinnerのエンジニアチームが革新的な技術を開発した。「ライブプロトタイピング」と呼ばれるその手法により,開発者はライブサーバー上で実際のアカウントを使用しながら,一部プレイヤーにのみ新機能のプロトタイプを提供することが可能になったのだ。
Hagman氏は自身のライブアカウントのスクリーンショットを示し,アプリ内にプロトタイプクランシステムへのボットリンクが表示されていることを示した。同システムにより,開発者は同じライブサーバー上で実際のプレイヤーと対戦でき,開発者のゲーム画面は一般プレイヤーとは異なる表示になる。さらに重要なのは,クランへの貢献に応じて実際のゲーム内報酬(クレジットやゴールド)が得られるという点だ。
この技術によって,外発的動機に基づくシステムに対する高品質なフィードバックを得ることが初めて可能になった。実際のアカウントを使用しているため,獲得した報酬にも意味があり,ミッションをクリアする動機付けがプレイヤーにとって現実的なものになったのだ。
Hagman氏はこの技術を「変革的」と表現し,その価値に熱狂した様子で「私たちはやりました!」と声を上げ,会場から拍手を受けた。
ライブプロトタイピング技術により,チームは外発的報酬システムを適切にテストできるようになった。その結果,最初の2つのプロトタイプで発見した問題点もより明確になる。プレイヤーは特定のカードでプレイするよう強制されることを好まず,デッキ構築の自由度が制限されることにフラストレーションを感じていたのだ。
彼らは,自分のお気に入りのデッキや最適化されたデッキを使いたいという,強い欲求を持っていることが明らかになった。
この高品質フィードバックを得たHagman氏は,方向性の大きな転換を決断した。彼はより穏やかな「強制プレイ」の形式を試したが,それでもプレイヤーが「別のデッキをプレイするように言われることに飽きた」と感じることが分かった。
そこで「Hay Day」にインスピレーションを得た「バウンティボード」システムを,約2週間で開発した。この新システムでは,常に8つのバウンティ(報酬付きのタスク)が表示され,プレイヤーは一度に最大3つのバウンティを受注できる。バウンティボードはクラン全体で共有され,ポイントを獲得すると報酬トラックが進行する仕組みだ。
このプロトタイプに対するフィードバックは極めて好評だった。あるテスターは「何か月も続けてプレイする中で,最もモチベーションが高まった」と評価し,別のテスターは「このシステムのエレガントさがすばらしい。変なプレイを強制するのではなく,もっとSNAPをプレイしたいと思わせる」と述べていたそうだ。Hagman氏はこれらの意見により,正しい方向性を見つけられたという自信を得たそうだ。
Allianceの開発とリリース
前述の成功に伴い,チームはバウンティボードシステムを正式に機能開発チームに引き継いだ。Hagman氏は「リッチなプロトタイプは設計文書よりも価値がある」と述べ,機能開発チームとの引き継ぎミーティングも,彼が経験した中で最も楽しいものだったと振り返った。
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数か月の開発を経て,「Alliance」(同盟)機能が正式にリリースされた。この機能は「チーム全体による戦争のような努力」の末に完成したという。Allianceは実際,最もアクティブなプレイヤー層のエンゲージメントを向上させる効果をもたらしたそうだ。
Hagman氏は,1対1の対戦ゲームにソーシャル要素を組み込むことは,業界で最も難しい課題の1つだが,今回の事例は良い一歩になったと評価している。彼はこの機能がまだ完璧ではないと実直に認めつつ,さらなる進化の余地があることを示唆した。ただ,ライブプロトタイピング技術を用いることで,機能開発の基盤を築き,今後は迅速かつ正確に機能を追加・改善できる環境が整ったこともアピールした。
Hagman氏はいくつかの重要な教訓を共有した。まず,低品質シグナルを減らし,高品質なフィードバックを得ることに注力する「シグナルの質への集中」が重要だとする。次に,アイデアの検証までの時間を短縮する「シグナルまでの速度の最大化」が,プロジェクトの成功につながると説いた。さらに,新しいものへの一時的な興奮による評価は信頼性が低いため,「ノベルティフィードバックへの警戒」は必要だと述べた。
最後に,外発的システムをテストする場合,実際の報酬が伴わないと正確なフィードバックは得られないため,「ライブでのテスト」が不可欠だと結論づけた。
本講演は,ゲーム開発において高品質なフィードバックをいかにすばやく得るかという課題に対する,Second Dinnerの革新的なアプローチを示すものだ。なかでも外発的動機に基づくシステムをテストする困難さと,それを解決するための「ライブプロトタイピング」技術は,多くのゲーム開発者にとって貴重な知見となるだろう。
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