レビュー
「Stray」は,猫が可愛いだけのゲームではない。“猫としてさまよい,人として思考する”感覚,寓話的な世界観と表現が素晴らしいアドベンチャーだ
さらに,PS版発売の翌日(7月20日)に発売されたPC版がSteamのトップセラーで1位となり,リリース直後の同接プレイヤー数が5万人を超えるなど,国内外で大きなムーブメントを見せている(関連記事)。
「猫かわいい!」「動きやしぐさがリアル!」といった感想は,発売直後のレビュー記事やSNSの反応などで見たという人は多いと思うが,本作は猫が可愛いだけのゲームではない。猫としてふるまい,人(プレイヤー)として考える不思議な感覚のあるゲームプレイが実に独特で,冒険の舞台となる“地下世界”の古典的なSFや寓話のような世界観と表現に“何か伝えたくなる”ものを感じる作品だ。そんな「Stray」の魅力を本稿でお伝えしよう。
「Stray」公式サイト
猫になって束の間の異世界小冒険へ。舞台は,人間のようなロボットたちが暮らす地下世界
物語は,倉庫のような場所に集まった4匹の猫の様子から始まる。野良猫だろうか。雷雨の中,雨宿りをしているのであろう。プレイヤーはその中の1匹の猫を操作することになる。
ほかの子に近付いてみると,△ボタンの表示が。ボタンを押してみると,自分がゴロンと転がった。これはたしか,猫にとっての「遊ぼうよ」というサインだ。黒猫がそれに反応し,手でチョイチョイという動きをしたり,しばらくじゃれ合ったりする。
微笑ましい仕草で冒頭からキュンキュンさせてくれるが,未だこの猫たちはどのような場所にいるのか,はっきりと分からない。ひととおり仲間の猫との交流(?)を終えると,主人公猫は一眠り。目が覚めると雨が上がっており,4匹の猫たちは行動を開始する。
猫たちがいたのは,草木に覆われた巨大な人工建造物のようだ。かつて工場やダムといった施設だったのだろうか,使用されなくなってからは相当の年月が経っている様子で,人の気配はまったくない。猫たちはそんな場所を,パイプを伝い,段差をひょいっとジャンプして登り,どこかへと向かっていく。
パイプの上を歩いて行く猫たち。人工建造物と自然の調和が美しい |
登れそうなハシゴを見つけたので駆け寄ってみるが,そこで「ハッ」となった。自分は猫であり,人のように両手両足で器用にそれを登ることができないことを。まるでゲーム慣れしている“人間”を誘うようなハシゴにより,「自分は人間ではない,猫だ」というのを気づかされる |
人間では歩けないような狭く細い道をニャアニャアと進む猫たち。一見進めなさそうな場所も,「このくらいの段差なら上がれますよ」ということをさりげなく理解させてくれるかのように,先を行く猫たちがヒョイッと上がって見せてくれる。
「おっ,そこも行けるんか」と言いながら進むと,唐突に「ニャーと鳴くには○を押す」と表示された。言われるままに○ボタンを押すと,たしかに「ニャー」と鳴く。
とくに何かがあるわけではないようだが,何度か鳴いてみると,ときおり仲間の猫から「ニャー」と返ってくる。「自分はここにいますよ」というサインだろうか。猫のことはよく分からないが,「ニャー」が返ってくると,なんだか少しホッとする。
今度は木に△ボタンが表示されていたので押してみると,L2とR2ボタンを交互に押すことで“爪とぎ”ができた。水たまりの近くで△ボタンを押すと今度はその水をピチャピチャと飲みだす。猫たちのかわいいしぐさや動きを眺めていたはずが,ふと気が付くと自分自身が猫になっている……なんとも不思議な感覚だ。
手すりに飛び乗ってスタスタと先へ進む子に,皆とは別のルートをひとりで走る黒猫ちゃん。自由気ままに,だがたしかに同じところへと向かっている仲間たちについていく。ついつい景色に見とれてしまって遅れがちになるが,ほかの3匹は決して自分を置いていかず,少し進んだ先でが待ってくれるのではぐれることはない。
そんな猫たち御一行の旅だったが,突然のアクシデントで主人公猫は仲間とはぐれてしまう。パイプの上の高所を進んでいるとき,ぴょんとジャンプし飛び乗ろうとしたパイプがガクンと傾き,落ちないように必死に抵抗するも,健闘むなしく転落してしまったのだ。
途切れたパイプをぴょんと飛び越え,対岸に進む仲間たち。どう見ても危なっかしいよなあ,なんかありそうだなあ。怖いなァ〜怖いなァ〜 |
と思ったら,ほら! アーッ……と落下していく主人公猫 |
かなりの高さがあったものの,そこまで大きなけがをすることなく立ち上がる主人公猫。さすがに登って上へ戻ることはできなさそうで,別のルートを模索することに。しばらく歩いてみると,日の光を受けながら歩いていた“上”に比べると,ここはまったくの別世界と言えるような,暗く,薄気味の悪い場所だった。
それは,明らかに昔は人が住んでいたであろうという廃墟の町。電気はまだ生きているようで,そこかしこが照明やネオンサインの光でぼんやりと照らされており,薄気味悪いものの妙に幻想的な風景が広がっている。
この町でも,基本的にやるべきことは同じ。周囲を見渡して飛び乗れる場所を見つけては,猫の跳躍力を生かして,そこへ移動する。ヒントとなる何かをくれる仲間猫はいないが,猫なりに触って動かせそうなものを見つけていろいろ試しながら,上へと続く道を探して先に進む。
道中では,ネズミのような生物の大群に襲われ,追われるように逃げる場面も。“下”にきてすぐ,視界のあちこちで何かが動いてるなと思ったら,この“目が赤く光る,ネズミのようでネズミではないなにか”だったのだ。
初めて明確な敵が登場し,「早く地上へ帰りたいニャア」感が強まってくるところだが,敵がいれば,味方もいる。ある科学者の元で働いていたという,浮遊する小型ロボット「B-12」だ。
猫が散歩用のハーネスに似たバックパックを装着し,B-12で言語の翻訳やアイテムの保管ができるようになることで,このゲームは激変する。というか“B-12が登場してからが本番”という感じだろうか。
猫そのものになる感覚を残しつつ,必要な場面でアイテムを使用し,周囲の手がかりからパスコードを推理するといったように,“猫の視点を介してプレイヤー自身が世界を探索する”ものへと変化する(戻る?)のだ。
B-12とともに行動を始めた主人公猫は,二足歩行のロボットたちが暮らす「スラム」と呼ばれる町を訪れることになる。人間は絶滅したのかどうか定かではないが,少なくともここには1人もいない。偉大なる過去の存在として伝承が残ってはいるが,いまは彼らロボットたちだけが生活している。顔のディスプレイで“表情”を変えるロボットたちは妙に人間臭く,感情のようなものがあるようで,性格,話し方,服装もさまざまだ。
そんなスラムの住人たちに話を聞くと,ここは壁に閉ざされた世界のようで,アウトサイダーと呼ばれているロボットたちが,外の世界を目指して活動をしているという。目的が同じ猫は,ときに外の世界に出るという夢(?)を諦めてしまった者を鼓舞し,ときにその手掛かりとなるものを探すといった形で彼らに協力することに。
いろいろと“おつかい”をこなすと,武器を開発していたロボットの協力を得て「ディフラクサー」を手に入れた。新たに搭載されたディフラクサーは,あのネズミのような生物「ZURK」を退治できる武器。これを入手したことによって,逃げ回るしかなかったZURKを迎え撃つことが可能になったのだ。
とはいえ,連続して撃ち続けるとヒートアップするため「2秒ほど照射してすぐ休ませて……」という使い方となり,ZURKの大群を一掃できるものではない。無駄撃ちしないよう効率よく使ってZURKを減らし,そして逃げるといった形でさらに冒険を進める。
のどかな雰囲気のロボットたちの村「アントビレッジ」を抜け,下水道を渡り,パイプや木々を伝いどんどん進んでたどり着いたのが,これまでに見たことがないような,眩くそしていかがわしい雰囲気あふれる街「ミッドタウン」だった。
賑やかで楽しい街かと言ったらそうではない。この街には「見張り兵」と呼ばれるガードロボットがおり,サーチ範囲に入る者を容赦なく攻撃してくる。一度見つかると執拗に追いかけられ,そして銃撃されるので,その目(サーチライト)を盗みながらさまざまな目的を達成しなければならないという,ステルスゲーム的な展開になる。
ロボットたちとともに協力しあいながら問題を解決していったスラムとは大違い。このミッドタウンでは,普通に街を往来するにも命の危険と隣り合わせなのだ。果たして猫は,この地下世界を無事に抜け出し,仲間たちのいるところへ戻れるのだろうか? 物語の続きはぜひ実際にプレイして見届けてほしい。
猫としてふるまい,人として思考する。不思議な感覚によって生まれる特別なゲーム体験
筆者が最初にクリアまでかかったプレイ時間は約7〜8時間。「アクションが苦手」「謎解きに難儀した」「風景に見とれていた」といったことがあっても,何倍もの時間がかかるというほどのボリュームではないという印象だ。
そんな,決してプレイ時間は長くないゲームだが,体感時間や“ゲーム体験で得られるもの”は,プレイ時間に対して長く,そして重厚である。そうさせるものの大きな要因は,“猫としての体験と,猫の視点をとおした人間の体験”を内包したシステムとゲーム進行だろう。
ゲームを始めてすぐのときは,美しく描かれた廃墟の世界に圧倒されたり,かわいい猫たちの動きに頬を緩めたりもしたが,同時に「これ,ゲームとして最後まで楽しめるのか?」という不安もあった。
基本のアクションは前後左右の移動と,飛び乗れるところにワンボタンで飛び乗ることくらい。ニャーと鳴く,爪を研ぐ,水を飲むといった“猫アクション”も,(猫好きの度合いにもよるが)そう何度もやって楽しむものではない。世界観や雰囲気は文句なしだが,ゲームとして楽しみ続けられるのかと。
そんな不安を払ってくれたのがB-12だ。彼(?)の存在によって,猫として触れながら,B-12をとおして人間(プレイヤー)としても触れられる,“下”の世界とそこに存在する荒廃した街,ロボットの住人と彼らの生活,それらから感じられる“かつての人間の文明”。さまざまな情報によって,この世界に関する興味が沸く。そして,B-12によって加わった探索能力やアクション性,“世界観の掘り下げ方”によって,「きっと主人公猫は,自分が想像していたものとは違う歩みで,あの場所へ帰れるに違いない。その“過程”を今から体験できるのだ」というワクワク感が一気に増幅されたのだ。
B-12が翻訳してくれるロボットたちの話や,見覚えがあるものに出くわしては独り言のように話してくる説明も,その言葉が分からない(であろう)猫と,テキストを読んで理解できる人(プレイヤー)という“二面性”があるわけで,「一方的に話してくるB-12の言葉が,猫にはどのように届いているんだろう」と考えるとまた面白い。
本稿ではあまり触れていない……というか,ぜひ実際にプレイして体験してほしいという思いで,あえて詳しくは触れなかったのだが,本作は何よりも“探索”が楽しい。序盤は基本一本道で,脇道を覗いてもとくに何もないが,ロボットたちの街にたどり着き,B-12のとある収集要素が加わることで“寄り道すること”の意味が出るのだ。
高い映像レベルと細かな描写で描かれた世界は,エリアが変わると景観も変わり,B-12の機能によってこの世界の過去が断片的に分かっていく。見知らぬ世界に迷い込んだ猫そのものになって探索し,人間としてそれら情報を集めて考える。この不思議な感覚の冒険は,何十時間もプレイしていたわけではないのに,冒頭の4匹で歩いていた頃が遠い昔のように感じられるほど充実した時間を過ごせるものとなっているのだ。
そして,“ゲーム世界においては,プレイヤーはまごうことなき猫”であるところ。何を言っているんだと思われるかもしれないが,筆者はたしかに猫だった。人でもロボットでもない種族で,そこにいること。これが,本作の重要な点ではないかと思う。
猫は,地下の世界の街とその住人にとっては,“いることを許されている部外者”のような存在だ。街で何が起ころうと,その当事者ではないし,知ったことではない。見張りロボットやZURKといったものを除けば,街の住人は基本的に放っておいてくれる。
それゆえに,街と,そこで生活する者たちというものを非常に冷静に客観視できる。その“他人事感”ある,実に猫的なほどよい距離感で覗き見する感覚は新しいなと思う。
街や住居は少々みすぼらしく,身なりは決してよくないが,素朴で素直に接してくれるスラムのロボットたち。華やかで活気ある街だが,虚栄的に着飾った者や他者を気にせず迷惑なふるまいをする者,仕事をサボって飲んだくれている者など,荒んだ部分を感じるミッドタウンの住人。“猫的な距離感”によるそれらロボットたちの街や生活の描かれ方は,古典的なSFや寓話のような風刺やメッセージ性も感じられ,実に考えさせられるものとなっているのだ。
そして,この世界をウロウロした猫としては,「まったく,人間もロボットも,何を面倒くさいことをゴチャゴチャやってるんだニャー」という気がしてくる。生きていくためのわずかな食事と,青い空と緑と水とアスレチックな地形さえあれば,猫はこんなにも満ち足りているというのに──と。
本作のタイトル「Stray」は,はぐれる,さまよう,道からそれる……といった意味のある言葉だが,足を踏み外したことで地下へ落ち,群れからはぐれてしまった猫が異世界のような地下をさまよう本作にとって,これほど完璧なタイトルもないだろう。野良猫が主人公だけど,B-12をとおして人間(プレイヤー)が介入する部分があるので,“Stray cat”ではなく,Strayのほうがしっくりくる。
このゲームで味わうべきは,猫として“さまよう”こと,そのものにあると思う。各場面においてゲームとしての目的はもちろんある。が,いい感じの景色を見つけて「おぉー……」と見回し,「お,ここは登れるのか」「あっちも行けそうだ」とうろうろしているうちに「あれ? 何をしようとしてたんだっけ」と我に返る……。そんな,気まぐれな猫になってゲームを進めることが楽しく,猫になりきった行動をしたからこそ,それとは別にある“人間として考えること”の感覚がより際立つと思う。
本稿を読んで少しでも興味が湧いたなら,ぜひ実際に触れてみて,Strayを思うさま楽しんでほしい。猫となって渡り歩く数時間の異世界冒険は,きっとその何倍もの長い間,貴方の記憶に残り続けるはずだ。
「Stray」公式サイト
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