先手と後手に分かれて交互に駒を動かすのではなく,自分の好きなタイミングで自由に駒を動かして,一瞬でも早く相手の玉将を取れば勝ちという,シルバースタージャパンの異色の将棋ゲーム
「リアルタイムバトル将棋」が,日本eスポーツ連合(JeSU)の公認タイトルに認定された。
“銀星”のシリーズ名を冠した,本格志向の将棋,囲碁,麻雀ソフトを数多く手がけてきた同社のこれまでのイメージだけでなく,将棋のルールそのものまで覆した「リアルタイムバトル将棋」は,いかにしてJeSUの公認タイトルになったのか。
その経緯や本作ならではの魅力について,シルバースタージャパン代表取締役社長
山本成辰氏,同営業広報部
岩田大樹氏,そして日本将棋連盟所属のプロ棋士でありながら同社に就職して話題を呼んだ
星野良生五段に話を聞かせてもらった。
山本成辰氏 |
星野良生五段 |
ユーザーコミュニティの盛り上がりがeスポーツ展開の後押しに
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。このたび「リアルタイムバトル将棋」がJeSUの公認eスポーツタイトルとなりましたが,当初からこういった展開を考えていたのでしょうか。
山本成辰氏(以下,山本氏):
「最初から狙ってました!」と言いたいところですが,そうではないんです。ゲームの発売後にたくさんの方に注目していただき,有志の皆さんが大会を開くなどして盛り上げてくださいました。eスポーツとして捉えていただけたのは,正直,意外でしたね。
4Gamer:
ユーザーコミュニティの盛り上がりがきっかけだったと。JeSU公認についてはシルバースタージャパンからの働きかけですか。
山本氏:
はい。JeSUさんにお話をする前に,弊社の地元である岐阜eスポーツ連合さんに相談させていただき,「広く認知されていること」「競技性が公平であること」などいくつかの要件に加え,実績が必要だろうといったことをうかがい,取り組みを進めていきました。
4Gamer:
具体的には,どのような活動を?
岩田大樹氏(以下,岩田氏):
2019年5月,「C4 LAN」(国内最大級の持ち込み型LANパーティー)において,有志の方が「リアルタイムバトル将棋 龍王決定戦」という大会を主催してくださったのがすべての始まりでした。これを受けてeスポーツ化への取り組みがスタートし,同年7月には岐阜のポップカルチャーイベント「ぜんため」で弊社主催の大会を開くなどしました。
その後,2020年1月に
「リアルタイムバトル将棋オンライン」をリリースし,
羽生善治永世七冠と
室谷由紀女流三段の対局や,将棋ライトノベル「りゅうおうのおしごと!」の作者,
白鳥士郎先生と岐阜初の女流棋士・
山口仁子梨女流2級の対局など,さまざまなイベントを行っています。
4Gamer:
豪華な顔ぶれですね。JeSUへ申請してから公認までにかかった期間はどれくらいだったのでしょうか。
山本氏:
2か月くらいでしたね。JeSUさんの公認は最終目標くらいのイメージでしたが,とんとん拍子に話がまとまった感があります。
左から,岩田大樹氏と山本成辰氏(※画像はZoomの配信映像をキャプチャしたものです)
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本格将棋を作るメーカーが,あえて将棋の基本に手を入れる
4Gamer:
シルバースタージャパンはこれまで,本格的なAIを売りにした,正統派の囲碁や将棋ソフトを手がけてきました。そこに「将棋の基本ルールであるターン(手番)制に手を入れる」という発想が出てきたのが面白いですね。
山本氏:
「リアルタイムバトル将棋」は,何の下地もないところに突然変異的に生まれたのではありません。弊社では常に,ゲーム開発の企画会議でアイデアを募集しており,「将棋に関係するゲームを考えよう」「将棋好きの方以外にも気軽に遊んでいただけるような将棋ソフトを作ろう」ということで取り上げたものがリアルタイム制だったんです。
4Gamer:
将棋の常識を覆すにあたって議論はありましたか。
山本氏:
確かに「そんなことをしてもいいのか」という議論はありましたが,
藤井聡太二冠の活躍をきっかけとした将棋ブームが後押しとなりました。我々が将棋ソフトを作り始めてから20年経ちますが,その中でも類を見ない盛り上がりで,「このチャンスを逃さずに将棋ファンを増やしたい」と考えたんです。
4Gamer:
確かに,これまでになかったほど将棋に注目が集まっていますね。
山本氏:
そんな中で「将棋そのもののハードルが高いなら,将棋に似たゲームを入り口としたらどうだろう」ということで,気軽に楽しめる「リアルタイムバトル将棋」を開発したわけです。将棋は短くても一局30分はかかりますが,こちらは一局が1〜2分で終わります。
4Gamer:
まず「リアルタイムバトル将棋」で駒の動かし方などに親しみ,そこから本物の将棋も遊んでもらおうと。
山本氏:
日本将棋連盟さんに怒られることも覚悟の上ではありました。ただ,「リアルタイムバトル将棋」のプレイヤーさんの中には「さらなる強さを目指すためには将棋の勉強が必要になる」と言ってくださる方もいて,結果的に将棋の入り口を広げるという目的は果たせているのではないかと思っています。
4Gamer:
今回の成功を受けて,囲碁や麻雀ソフトでもリアルタイム路線を広げていく考えはありますか?
山本氏:
どちらも実験はしましたが,将棋ほどうまくはいきませんでした(笑)。例えば,実際に麻雀台を用意してリアルタイムで打ってみたところ,ゲームとして破綻してしまったんです。どのゲームも長年の改良を経て現在の形になっているわけですから,ちょっとルールをいじったくらいで面白くなるなんてことは,そうそうないということです。リアルタイム性を付与したことで別物になった将棋のようなケースは,本当にレアだと痛感しました。
複数の駒がぶつかり合う盤面で,一瞬の判断力が勝負のカギ
4Gamer:
さて,そんな「リアルタイムバトル将棋」ですが,プロ棋士である星野五段から見た,将棋と「リアルタイムバトル将棋」それぞれの面白さはどこにありますか。
星野良生五段(以下,星野五段):
将棋はじっくりと考えて指すのが醍醐味です。一方「リアルタイムバトル将棋」はeスポーツ的な要素が強いので,ゲームが得意な方に将棋に興味を持っていただくのに良いゲームだと思います。
星野良生五段(※画像はZoomの配信映像をキャプチャしたものです)
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4Gamer:
「リアルタイムバトル将棋」でも将棋の定石は有効ですか?
星野五段:
将棋の序盤とは違うことが多いものの,駒の効率的な配置については「リアルタイムバトル将棋」でも参考になると思います。例えば,現在の将棋では飛車と金が互いに弱点をカバーし合う「下段飛車」が流行していますが,こうした考え方を「リアルタイムバトル将棋」に応用できます。
4Gamer:
実際の将棋の序盤とはどういった部分が違うのでしょう。
星野五段:
駒を取る/取られるがコンマ1秒の差で変わってくるスピード勝負なので,駒がぶつかり合ってからがより重要になるところでしょうか。盤面のいろいろな場所で複数のぶつかり合いになることも当たり前に起こるので,手筋や組み合わせを考慮しつつ
「どこを優先すべきか」を決める,一瞬の判断力が重要になります。
4Gamer:
「リアルタイムバトル将棋」で将棋の腕前が上達するといったこともありそうですね。
星野五段:
短時間で駒の動きを覚えるには,とても良いと思います。リアルタイムで駒を動かすというのは,密度の高い反復練習のようなものですから。
4Gamer:
そもそもの話ではあるのですが,星野五段がシルバースタージャパンに入社された経緯を教えていただけますか。
星野五段:
「棋士と並行する形で就職したい」「ゲーム開発に興味がある」とTwitterでつぶやいたところ,山本から声を掛けられたのがきっかけです。弊社については「銀星将棋」や「リアルタイムバトル将棋」の名前くらいは知っていた,という状態でしたね。
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4Gamer:
山本社長から話が来たときにどう思われましたか。
星野五段:
私のことを「ボードゲームプレイヤーとしての価値がある」と評価していただき,就職後のビジョンもすでに持っていたようなので驚きました。
山本氏:
我々としても,当初はプロ棋士に入社してもらうという考えはありませんでした。通常,プロ棋士が会社と関わるにしてもプロモーションなどが中心ですし,弊社としても開発中の将棋ソフトについて,ご指導をいただくという形でしたから。
そんな中で星野五段のツイートを見て,「プロ棋士が就職するなら,将棋ソフトを作っている弊社しかないだろう」とお声がけしました。日本将棋連盟さんにも相談をしましたが,前例がないだけに大騒ぎになっていたようでしたね。
4Gamer:
就職希望のツイートをした時点で,星野五段が作りたかったのはどういったゲームだったのでしょう。やはり将棋ソフトですか?
星野五段:
将棋ソフトではないですね。ゼロから新作を作るというよりは,すでに開発が進んでいるゲームの調整に携わりたいと考えていたんです。
山本氏:
今も,将棋ソフトより麻雀ソフトに関わりたいという希望を出されていますね(笑)。
4Gamer:
星野五段の勤務形態や仕事内容はどのようなものですか。
星野五段:
フルタイム勤務ではなく,ボードゲームプレイヤーとしてのスキルが活かせるお仕事をいただいています。週に一回程度のYouTube配信や,イベント参加などもしていますね。自分自身の「リアルタイムバトル将棋」のスキル向上も仕事のうちです。JeSU公認タイトルになりましたので,プロ認定に合格しないといけませんから(笑)。
4Gamer:
プロ棋士としての活動と両立させるのは大変そうですね。
星野五段:
そうですね。ただありがたいことに,プロ棋士と社員,どちらの活動を優先させるかは私の裁量に任せていただいています。
山本氏:
プロ棋士として勝っていただくことで弊社の露出も増えますから,ぜひ頑張っていただきたいなと。もし藤井二冠との対局が実現したら,「リアルタイムバトル将棋」のロゴを付けた着物で指してほしいですね(笑)。
4Gamer:
いずれはぜひ「リアルタイムバトル将棋」での対局も……。
山本氏:
これまではあくまで夢物語でしたが,JeSU公認タイトルとなったことで実現性も高まりました。賞金付きのプロ棋士限定大会で,藤井二冠をゲストとしてお招きしたりとか。
岩田氏:
ちなみに,星野五段は「リアルタイムバトル将棋」で対戦してみたいプロ棋士の方はいますか?
星野五段:
糸谷哲郎八段ですね。とても頭の回転が速くて,普通の人が1日過ごすところを,糸谷八段は3日分くらい生きているんじゃないかと思うほどです(笑)。
4Gamer:
なるほど(笑)。今後のJeSU公認タイトルとしてのプロライセンス認定はどのようなスケジュールになっているのでしょうか。
山本氏:
プロライセンス認定大会は
2021年4月にスタートする予定です。いち選手としての公平な立場で星野五段もエントリーし,実力でプロを目指してもらいます。そして,8月にはJeSU公認プロが誕生し,同じ月に初のプロ大会を開催する予定となっています。
4Gamer:
星野五段でも特別扱いはしないと。とは言え,これまでに「リアルタイムバトル将棋」で負けたことはあるんですか?
星野五段:
ええ。実は「リアルタイムバトル将棋」で現在ランキング1位の
飛車ちゅう選手との対局では,50戦やって1回くらいしか勝てていないんです。
山本氏:
飛車ちゅう選手はアマチュア四段の棋士であると同時に,
「ぷよぷよ」のJeSU公認プロでもありますから,本当に強いです。「リアルタイムバトル将棋」でもプロライセンスの筆頭候補ですね。
岩田氏:
「リアルタイムバトル将棋」には,飛車ちゅう選手以外にも「ぷよぷよ」のプレイヤーさんが多くいらっしゃいます。盤面の各所で展開する状況に多面的に対応する能力が「ぷよぷよ」のプレイと通じる部分があるようなので,「ぷよぷよ」好きの方もぜひ遊んでみてください。
4Gamer:
意外な相性の良さがあるんですね。では最後に,今後の意気込みをお願いします。
山本氏:
「リアルタイムバトル将棋」の普及に努め,ゆくゆくは将棋と同じ八冠のタイトル戦を創設したいと思っています。性別やフィジカルの差が強さに影響を及ぼしにくいゲームですので,女流棋士の方にもエントリーしてほしいです。さらにJeSUさんと共に,学校のeスポーツ部へのタイトル提供を始めとしたeスポーツ普及の支援をしていきたいです。
岩田氏:
プレイヤーの皆さんに愛していただけたおかげで,ここまで来られました。皆さんのご意見を取り入れ,楽しめる場を作ることで恩返しをさせていただければと思います。これからも弊社の
公式Twitterや,
星野五段のYouTube配信をよろしくお願いします。
星野五段:
JeSU公認プロを目指すのと同時に「リアルタイムバトル将棋」を盛り上げるために頑張ります。
4Gamer:
本日はありがとうございました。