インタビュー
「Microsoft Flight Simulator」開発陣にインタビュー。14年ぶりの新作はMicrosoftが持つ技術の最高のショーケースとなる
「Microsoft Flight Simulator」公式サイト
そもそも若い世代のゲーマーは「フライトシミュレーター」というジャンルに聞き馴染みがないかもしれないが,Flight SimulatorシリーズはMicrosoftの看板タイトルと言えるほど,ゲーム部門では代名詞的な存在だった。元々はApple II向けに「FS1 Flight Simulator」を1979年にリリースしたSublogicというメーカーから,IBM-PC(DOS)向けの独占契約を得る形で1982年にリリースされ,これを第1作として以降はMicrosoftの新OS(オペレーティングシステム)発表に合わせて新作がリリースされてきた。つまり,同社のショーケース的な作品として定着していたのだ。
同社のフラッグシップソフトである「Windows」が誕生したのが1985年,「Word」はその2年前(1983年)である。1975年に設立されたMicrosoftにとって,「Flight Simulator」は最も息の長いソフトウェアシリーズでもある。
しかし,3Dグラフィックスの進化やオンラインゲームの隆盛とは対照的に,フライトシミュレーターというジャンル全般に元気がなくなってくると,2006年の「マイクロソフト フライト シミュレータ X」を最後に,長らくシリーズの新作は開発が途絶えていた。2012年には基本プレイ無料の「Microsoft Flight」がリリースされたものの,1年半ほどでストアから姿を消している。
ところが近年のテクノロジーの進化に伴い,もはや「ゲーム」という領域だけのイノベーションに留まらないほどの英知が詰め込まれた最新作が14年ぶりに帰ってきた。今作「Microsoft Flight Simulator」がどれほどの驚くべき技術力をベースにしているのかは,7月30日に掲載した「こちら」の記事を読んでほしいが,Microsoftのクラウドサーバー「Azure Cloud」や,Asobo Studioの独自開発によるAIテクノロジーをふんだんに活用して,「地球全体を3Dモデル化する」という他に類を見ないことを実現している。
約3万7000の空港を含む15億の建造物,2兆本に及ぶ樹木,さらに1億1700万の湖や池が表示可能なだけでなく,気象のリアルタイムデータと連動させることによって,日時の変化や風雨までもリアルに再現しているのだ。
地球をまるごとAIで再現。「Microsoft Flight Simulator」プレス向けプレゼンテーションから最新作の技術面に迫る
Microsoftから2020年8月18日にリリースされる人気フライトシムシリーズの最新作「Microsoft Flight Simulator」。その発売に先駆けて先日,プレス向けのプレゼンテーションがオンラインで実施された。本稿ではその模様をまとめてレポートしよう。
Microsoftが持つ技術の最高のショーケース
我々ゲーマーにとっては,2019年にリリースされた「A Plague Tale: Innocence」の印象が強いAsobo Studioが実質的な開発を担っている点も興味深い。これまでにフライトシムを開発した経験のない同社が,どうしてMicrosoftのパートナーに選ばれることになったのか。今回のインタビューでは,そのあたりの疑問から尋ねてみることにした。
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。
まずは「Microsoft Flight Simulator」の企画がスタートした経緯から話していただけますか。
はい。私は以前のMicrosoft Flight Simulatorシリーズには関わっておらず,2013年まではMicrosoft HoloLens用アプリケーションのプロデュースを行っていたのですが,そのことと深く関係があります。Asobo Studioには「Kinect ラッシュ:ディズニー/ピクサー アドベンチャー」(2012年)以来,HoloLens向けの初のゲームアプリとなった「Fragments」(2016年)や「Young Conker」(2016年)などで携わってもらい,非常に高い開発力を持つチームであることを認識していました。
また,HoloLens向けの旅行ガイド的なアプリである「HoloTour」(2016年)は,ほぼMicrosoft社内で手がけていますが,コンテンツの一部である「マチュピチュ」はAsobo Studioに手伝ってもらっていたのです。マチュピチュは非常に遠い場所にあるだけでなく,世界遺産でもあります。必要なデータを得るためにドローンを飛ばすといったことが制限されており,Microsoftのチームだけでは手に負えないものでしたが,Asobo Studioは弊社のビッグデータチームから得た「Bing Maps」の画像を3Dモデル化するという離れ業をやってみせたのです。
4Gamer:
なるほど。それを地球規模で行おうと考えたんですね。
ヨーグ・ニューマン氏:
そうなんです。セバスチャン(Sebastian Wloch / Asobo StudioのCEO)と「できればいいね」と話し合ったのが,2016年のことでした。まずはデモを作るところから始めて,そのときに選んだのがシアトル周辺でした。Bing Mapsのデータから約40GBを使いました。
Asobo Studioが衛星写真から3Dモデル化した街並みの上空に,モデリングしたCessna 172を飛ばすというだけのものでしたが,その当時から再現力は非常に高く,2017年にはデモを見たフィル・スペンサー(Phil Spencer / Xbox部門のヘッド)から「もうイメージムービーはいいから,早くゲームデモを見せてくれ!」と注文が入るほどの出来栄えだったんです(笑)。
4Gamer:
つまり,イメージムービーと勘違いされるクオリティのデモだったわけですね。
ヨーグ・ニューマン氏:
ええ。Cessnaが旋回したとき,Microsoft社員がときおり集まるサッカーフィールドも見えたので,フィルはそこまで作り込んでいることに驚いていました。本当はビッグデータから再現しているので,作り込んでいるわけではありませんが(笑)。
それからグランドキャニオンや特徴的な地形,都市の風景を3Dモデル化して,どこまで再現できるかをチェックしながら,2.5ペタバイトもあるビッグデータを自動的にゲーム環境へと反映させるテクノロジーをチューニングしていったのです。
もちろん,その作業は非常に難度が高く,開発チームの並々ならぬ努力と技術力の賜物ですよ。
4Gamer:
クラウドサーバーの技術があったから「Microsoft Flight Simulator」のアイデアが生まれたということですね。ゲームの企画がクラウドサーバーの利用につながったわけではないというのが興味深いところです。
ヨーグとも話しているのですが,「Microsoft Flight Simulator」はMicrosoftが持つ技術の最高のショーケースであると思います。そもそもクラウドサーバーで管理される膨大なデータがなければ,このような表現は不可能ですから。
4Gamer:
2D画像データからリアルタイムで3Dレンダリングを行う。こうしたテクノロジーはどのように開発されたのでしょうか。
ヨーグ・ニューマン氏:
これは私から話したほうがいいですね。Microsoftにはさまざまな企業から企画が持ち込まれるのですが,その1つに50人程度のAIスペシャリストや地理空間情報アナリストで構成されるオーストリアのベンチャー企業があり,「アルプスでドローンを飛ばすレーシングゲーム」の企画を提案しました。
彼らはそもそもゲーム開発者ではなく,自分たちのテクノロジーを活用することを目的としたアイデアだったのですが,私が興味を惹かれたのは「衛星写真から地形を作り出す」というAIテクノロジーでした。それが「Microsoft Flight Simulator」で利用されている「Blackshark.ai」です。彼らをAsobo Studioに紹介する形で正式ライセンスを結び,今回の重要な基礎の1つになりました。
4Gamer:
Bing Mapsでは主要都市に限り,4方向からの鳥瞰写真を表示する機能が利用できますが,地方都市や郊外は1方向のみですよね。さまざまな角度の衛星写真がビッグデータの中にあるのでしょうか。
マーシャル・ボサール氏:
4方向からの鳥瞰写真というのは,フォトグラメトリのことですね。フォトグラメトリが使われているのは,世界中の400都市に満たないくらいでしょう。確かにビッグデータとは,さまざまな国や民間企業が生み出した衛星写真の積み重ねであり,Bing Mapsで見られる情報しかないというわけではありません。
ただ,我々がこうしたデータを制作できるハードウェアを持っているわけではないので,Bing Mapsのフォトグラメトリ同様,専門企業に委託して航空写真を収集し,地上の表現に役立てています。
ただ,Blackshark.aiは高度マップデータから地形を自動生成し,1枚の画像からもしっかりと建物の高さを認識し,その構造や素材の種類,高架道路の構造や樹木なども判別して,そこから現実的なオブジェクトをレンダリングできる能力を持っています。
バイオームによる,細かく表現された地球規模の植生地域
4Gamer:
地球上にある約3万7000の空港のうち,主要な40か所は「ハンドクラフテッド」(手動で調整)とのことですが,そのほかの空港は自動生成されているということですか。
ヨーグ・ニューマン氏:
自動生成ではありますが,フライトシミュレーターというジャンルにおいては,どの空港もおざなりにはできません。1つ1つの空港について,建物の位置や滑走路のつながりをしっかりと確認しています。ごく小さい空港や滑走路しかないような僻地にある空港までもすべて精密に表現しているというわけではないですが,機能しない空港は存在しません。
4Gamer:
例えば,中国では詳細なマップデータをBing MapsやGoogle Mapsで公開しないように規制しています。各国の軍事基地も同様ですね。このあたりはどのように処理しているのでしょうか。
マーシャル・ボサール氏:
特定の国の国境を跨いだ途端,何もない場所になってしまうというようなことは起こりません。軍事基地に関しては,Bing Mapsの一般公開が規制されているものもありますが,データとしては存在していますから,我々のアルゴリズムを使って調整しています。ほとんどの場所では,付近の地形に合わせた原っぱや森などになっていると思います。
4Gamer:
2兆本というとんでもない数の樹木は,どのように自動生成されるのでしょうか。現実の世界を再現したというゲームは珍しくありませんが,街路樹の雰囲気などは地元の人にとって重要な意味を持つ部分ですよね。
マーシャル・ボサール氏:
地球全体を「バイオーム(生物群系)」で細分化して,地域ごとのエリアを作り,その中で特徴的な植生を選んでデータ化しています。AIが形や色などから,似ているものを判別するという仕組みですね。これは建物にも言えることで,シアトルとパリでは同じ様式の建物は少ないですが,それはどの地域にも当てはまることです。
世界中に散らばるテスターの中には,実際のパイロットも少なくありません。上空から撮影した写真を送ってくれる人もいて,その違いをAIに学習させるといった知識の積み上げも行っています。つまり,AIはどんどんと良くなっていくということです。今後も新しいデータを組み込むことで,劇的な改良が行われることだってあるでしょう。
ヨーグ・ニューマン氏:
バイオームの設定は,国の数よりも細分化されています。我々が植生データのベースにしているのは,農業や園芸などに利用される耐寒性ゾーンマップですね。それに地域の特色を加えたものになっています。
4Gamer:
それでは,気象データはどのようにして取り込んでいるのですか。
ヨーグ・ニューマン氏:
気象のシミュレーションにおいて,我々が選んだのは,Bingの天気予報で利用している民間企業ではなく,スイスのバーゼル大学が開発した「meteoblue」です。大学機関なので各国の気象データが集められており,雲の高さや風速といった細かいデータも揃っています。
実際の気温や湿度,降雨や積雪のデータが集積されているのではなく,リアルタイムでアップデートされるデータを元に,プレイヤーがアクセスしているエリアの気象を導き出していますが,必ずしも正確に再現しているというわけではありません。
例えば,台風にしても正確にゲーム内で表現されているのではなく,気圧による風向や風速,雲の量や厚さなどから算出しています。昨年から各地のハリケーンや台風の発生に合わせて,ゲーム内のテストフライトを行っていますが,再現性は非常に高いですね。ただ,機体もシミュレートしているので,気圧の急激な変化や暴風を受けて破壊されてしまうことになります。
ヨーグ・ニューマン氏:
気象データに欠けているのは「エアマス」(気団)のシミュレーションで,これはAsobo Studioのゲームエンジンが手がけています。
空中にある水蒸気が太陽によって温められたりすることで密度に濃淡の変化が起き,それが気流によって動かされて山に当たると,上空に乱気流が発生するというようなことが起きます。これはフライトにとって,非常に重要な要素です。
実際には飛行機の特殊計器から得られるエアマスのデータを気象学者が分析し,管制塔やパイロットと連絡を取り合うというプロセスを踏むのですが,これをゲーム内でシミュレートする必要があるのです。
「Microsoft Flight Simulator」で世界中のどこでも行きたいところへ
4Gamer:
1つ1つの水蒸気のパーティクルもシミュレートされているとのことですが,それによって夕陽の色味も変化するのでしょうか。
マーシャル・ボサール氏:
そのとおりです。大気中の水蒸気の量は,光の量にも影響を与え,その地域での毎日の夕陽の色に反映されています。太陽光と水分量は視界にも影響しますし,大気中の水分量が多いほど,飛行機が離陸する際にはパワーを必要とします。こうしたシミュレーションもゲームプレイに重要な意味を持っているのです。
4Gamer:
今後の予定もお聞きしたいのですが,ヘリコプターの実装も見据えているそうですね。
ヨーグ・ニューマン氏:
現時点では「予定」ですけどね。熱狂的なゲーマー達からフィードバックをもらっていて,ヘリコプターの実装は要望リストのトップ10に入っています。いつかやらなくては,と思っています。
4Gamer:
ビルや病院の上にもヘリポートがありますから,たいへんなことになりそうです。
マーシャル・ボサール氏:
ええ。ただ,そのデータベースは存在するんですよ。エアバス傘下のNavblue社がフライトプランや航空図表などをデータ化するソフトウェアを開発していますが,これは飛行機だけでなくてヘリコプターにも利用されています。28日ごとにアップデートされるのですが,「Microsoft Flight Simulator」とも連動しており,新設されたヘリポートも認識しやすくなっています。
4Gamer:
話は変わりますが,飛行機のコクピットは3Dスキャンをしているのでしょうか。
マーシャル・ボサール氏:
契約上,詳しくはお話しできないのですが,フィーチャーしている30機の製造メーカーの多くから,実際に3Dスキャンをする機会を得ました。複雑なジェット機では飛行に関係ないものを省いたりもしていますが,少なくともコクピット上に表現されているスイッチは全て作動するんですよ。
4Gamer:
以前のシリーズ作品でもそうでしたが,道路や草原などにも着陸できますよね。
ヨーグ・ニューマン氏:
ええ,私の大好きなことですね。先日,1985年の映画「愛と哀しみの果て」(原題:Out of Africa)のロケーションを調べて,同じ場所に着陸できるかどうか試してみたんです。車輪が破壊されることもなく,うまくいきましたよ。コクピットから眺める風景もそっくりで感動しました(笑)。
4Gamer:
近年,フライトシミュレーターというジャンルは二ッチ化していると思いますが,新しいファンを取り込むための工夫はいかがでしょうか。
ヨーグ・ニューマン氏:
確かに二ッチではありますけど,「大きな二ッチ」でもあります。これまでシリーズ作品をずっとプレイしてくれている熱狂的なファンもいますし,アドオンDLCを開発するサードパーティやファンコミュニティにSDKを公開したところ,500近い組織が登録してくれました。Microsoft Flight Simulatorシリーズの高いニーズの現れですよね。
ただ,新しいファン層をどのように取り込んでいくのかは,我々にとって大きなチャレンジであり,そのために簡易的に飛行機を飛ばせる「All Assists」モードを用意しています。ゲームへのアクセスが可能な状態のまま,飛行機の位置を固定する「Active Pause」によって,いつでも好きなときに息抜きをすることも可能です。できるだけ多くのプレイヤーに,パイロットとして飛行機を操る楽しさを味わってほしいと思っています。
4Gamer:
最後になりますが,日本のパイロット達にメッセージをお願いします。
ヨーグ・ニューマン氏:
「Microsoft Flight Simulator」は生きているゲームです。リアルタイムのデータをクラウドサーバーで処理し,皆さんに地球規模のシミュレーションをお届けすることができます。
そしてこれからも,皆さんのフィードバックを元に調整を重ねて,より良いゲームに成長していくことでしょう。まだ開発中ではありますが,VR対応も予定していますから,ぜひ期待してください!
マーシャル・ボサール氏:
今は好きな場所に行けないような情勢ですが,皆さんには「Microsoft Flight Simulator」で世界中のどこでも行きたいところに飛んでほしいと思っています。サハラ砂漠の真ん中でも,アンデス山脈の奥深くでも観光を楽しめる。これはとても素晴らしいことですよね!
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