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研究者のゲーム事情:第5回は早川公さんと「ドラクエIV」。リメイク版との再会を,オートエスノグラフィで語りなおす
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印刷2024/08/30 08:00

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研究者のゲーム事情:第5回は早川公さんと「ドラクエIV」。リメイク版との再会を,オートエスノグラフィで語りなおす

画像集 No.011のサムネイル画像 / 研究者のゲーム事情:第5回は早川公さんと「ドラクエIV」。リメイク版との再会を,オートエスノグラフィで語りなおす

 普段は論文や講義で活躍している研究者たちは,プライベートではどんなゲームに,どのように触れているのだろうか? 本連載「研究者のゲーム事情」は,研究者が個人的に遊んでいるゲームについて,専門的な知見も交えて自由に語ってもらう企画である。

 第5回は文化人類学者の早川 公さんが登場。オートエスノグラフィという手法を使い,自分にとっての「ドラクエIV」について,作品と出会い直すための語りを展開してくれました。


「研究者のゲーム事情」特集ページ



 文化人類学者で,まちづくりや地域おこしについて研究している早川 公と申します。

 今回,連載「研究者のゲーム事情」にお招きいただいて取り上げるゲームは,「ドラゴンクエストIV 導かれし者たち」iOS / Android,以下,ドラクエIV)です。

 言わずと知れた超有名タイトルであり,語り尽くされたこのゲームを論じるのは「蛮勇」とも言えますが,おっかなびっくり書き出してみることにします。

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 思い出深いドラクエIVですが,実はファミコン版をやりこんだものの,その後発売されたリメイクなどには手を出しておらず,およそ30年はプレイしていませんでした。否,ドラクエだけではありません。そもそも「リメイク」なる作品群にほとんど触れずにきたのです。

 しかし今回,記事執筆のお話をいただき,改めて「リメイク」なるものを経験してみよう,そしてそれを記事にしてみよう,と思い立ったのでした。
 というわけで,購入したのがiOS版のドラクエIV(2400円)です。


オートエスノグラフィという方法


 さて,本連載は己の専門分野に引きつけてゲームを論じるとのことで,私の専門分野である文化人類学に引きつけながら進めていこうと思います。

 文化人類学とは,対象社会に入りこむフィールドワークと,その身体的経験に基づいてそこに息づく文化を描きだすエスノグラフィを方法論の基礎に据えた学問です。自分とは異なる対象=異文化の理解を通じて,自らが当たり前とする価値観=自文化を分かりなおす,というのが学問的効用とされています。

 分かりなおす,というのはその世界に浸かっていると難しいもので,それを専門とする文化人類学の方法は,ビジネスにおけるユーザーのニーズ発見など,今やさまざまな領域で応用されています。

 その中でも,とりわけ近年注目されている方法が,オートエスノグラフィです。

 エスノグラフィ(民族誌)とは,もともと研究者が他者の世界のリアリティを解釈する表現方法の1つのことを指します。そして,オートエスノグラフィとは,その方法を自分自身(auto)にも適用,つまり,個人的な体験や実践を題材にそれを解釈して描く方法です。

 その特徴は,通常の研究では除外される感情や主観性を含めて批判的に再考する質的研究(たくさんの人びとの語りを統計的に扱う量的研究とは異なり,個人の経験を重点的に扱う研究)にあります。現在,オートエスノグラフィは文化人類学に限らず,さまざまな分野を横断するアプローチの潮流となっています。

※方法などはよければ以下の書籍などを参照してください。
オートエスノグラフィー:質的研究を再考し,表現するための実践ガイド
〈沈黙〉の自伝的民族誌(オートエスノグラフィー) サイレント・アイヌの痛みと救済の物語

 というわけで,ここからは,ゲーム体験をオートエスノグラフィの形で描くことで,何が見つかるかを考えてみようと思います。

ドラクエと共に自分を語る


 ぼくは1981年に仙台平野のど田舎に生まれた。
 ドラクエIVの発売は1990年2月。小二の冬。

 その冬のことはよく覚えている。当時,前作のドラクエIIIの発売では学校を休む生徒が多発しただとかで,ドラクエIVの販売は週末に限定されていて,住んでいた町におもちゃ屋がないぼくは朝4時に起きて,隣町のヨークベニマルに整理券をもらいに行ったのだった。

 ドラクエIVは章構成型1章から4章まで主要な登場人物たちの個別の物語が進行し,5章で勇者(自分)に合流する,という筋立てになっている。リメイク作品に追加されていたのが「仲間との会話システム」だ。ゲームの進行中にボタンを押すと,その時にパーティを組んでいる仲間の話を聞ける。

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Amazonより引用
 この会話機能を使いながら覚えたのは既視感だった。
 初めて使う機能のはずなのに「知っている」。その感覚の由来について考えてみると,思い至るものがあった。

 「ドラゴンクエスト4コママンガ劇場」(以下,マンガ劇場)だ。


「リメイク」されるキャラクターたち


 マンガ劇場は,ドラゴンクエストの世界観をもとに描かれた公式アンソロジーだ。発売日を調べると1990年とあるから,まさにドラクエIVと共に展開した,いわゆるメディアミックスなのだろう。

 ぼくはゲームと同時に,このマンガ劇場を何度も繰り返し読み込んだ。インターネットはおろか,同人文化も知らない田舎住まいのぼくにとって,それは物語を補完し,登場人物たちにキャラクター性を形づくっていくものだった。

 その中でのやりとりが,この会話機能に実装されていたのだ。
 とくに第2章の登場キャラクターの,おてんばなお姫様(アリーナ)と,その姫に片想いする従者の僧侶(クリフト)という関係は,マンガ劇場で複数の作者に描かれた創作(フィクション)だけれど,会話機能に反映されて公式となっていた。ぼくはそれに奇妙な懐かしさを覚えた。

 そこには,ドラクエIVで当時初めて導入されたAIシステムも関係している。それまでのドラクエ(に限らずほとんどのゲーム)は,キャラクターの行動を自ら操作して戦闘するのだけれど,ドラクエIVにはキャラクターが自動で行動を選択して戦う仕組みが導入されていた。「さくせん」を選ぶと,攻撃中心になったり,いろいろな道具を使ってみたりする画期的なシステムだ。(2023年の人工知能学会誌に当時の開発者へのインタビューが載っているので興味のある人はみてほしい。)

 キャラクターが操作者を離れて(勝手に)行動する。このシステムは,ファミコンの性能もあり不完全なものだった。とりわけクリフトは,物理攻撃と魔法の両方を扱える万能型でありながら,ボス敵には絶対効かない即死魔法(ザキ・ザラキ)を多用する「ポンコツさ」で有名だった。

 けれども,この「ポンコツさ」が,意中の相手(アリーナ)に想いを伝えられずにうじうじと悩むキャラクターとしての奥行き,いうなれば人間らしさを創りだすのに一役買っていたような気がする。

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 文化人類学者の久保明教は,人工ペットAIBOのオーナーコミュニティへの調査から,AIBOの機能的不安定さによる「失敗」が,オーナーたちによって意味づけられていくさまを描き出した。

 ドラクエIVにおけるクリフトの行動も,ある意味でAIBOのような(AI)システムの失敗であったが,それがかえってキャラクターとしての造形に彩りを与え,さらには公式公認の二次創作を通じて原作へと「リメイク」された。AI技術の進展が著しい今だからこそ,このクリフトの「ポンコツさ」は,ぼくらがAIとどう付き合っていくかを考えるために必要なことだ……と言ったら言い過ぎだろうか。


「リメイク」される社会とぼくたち


 かつてゲームは悪であり,ドラクエはその象徴でもあった。前作ドラクエIIIではゲームをするために学校や会社を休むことが「社会問題」になっていたし,ぼくも当時は母にやりすぎてゲーム中のコンセントを引っこ抜かれた覚えがある。「ゲーム脳」なんて言葉も世間に浸透していたくらいだ。

 しかし気づけばドラクエも,かの東京五輪の入場曲に使われるくらいの「国民的文化」となった。そして現代では,ゲームはコンビニでも買えてしまうし,ゲームをやりこむために有給休暇を使うことだってOKだろう(少なくとも建前上は否定されない)。世の中は少しずつ変わってきた。

 そして世の中だけでなく,ぼく自身も変わっていることにも気付かされる。30年ぶりにプレイすると,やっぱりジェンダー役割に関しては引っ掛かりを覚える。

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 例えば,第2章では王様が王女を武闘会の優勝者への「景品」にしようとして,それを防ぐためにアリーナ姫が優勝しようとする。王女とアリーナ姫なら女同士なので,その約束はチャラになるという理屈である。いまさらこれはなあ……と苦笑いしながら,それにウッと思える自分を自覚する。リメイク作品をプレイすることは,懐古ではなく,むしろ自分が今世界の何に関心を向けているかも明らかにしてくれる。


 とはいえ,実際の世の中は変わっていないことばかりだ。アリーナの例に苦笑いしてみても,考えてみればまだ日本では同性どうしの婚姻は法的に認められていない。ある意味でドラクエIVのテーマな人間と異種族の「共生」も,現実に湧き起こる紛争の前ではむなしい。

 でもそれも,変わっていけるかもしれない,とぼくは思う。
 元のドラクエIVは,最愛のエルフを人間に殺された魔族の男(ピサロ)が怒りに身を委ねて世界を滅ぼそうとする,わりと救いのない物語だった。しかしリメイクでは,その物語に修正が加わっている。(より正確に言えば,アナザーストーリーが用意されている。)物語の結末は一つとは限らない。

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 冒頭に文化人類学は「当たり前を分かりなおす」と書いた。文化人類学者が遠く離れた土地に足を運ぶのは,そこにぼくらとは別様の世界がたしかにあることを確認するためであり,もっといえば,そこに当たり前を変える可能性を見出すためでもある。

 日本で生まれたドラクエという想像力が示してくれた,AIとのままならない付き合い方や異種族との共生の可能性がそのうち現実となるように,ぼくたちはドラクエと共にリメイクしていけると信じたい。


 最後に,今回のプレイは大半を6歳の息子とやってみた。息子は,ぼくがゲームを中断しようと教会(注)に向かうと,「あ,セーブ屋さんに行くのね」とポツリ。
 身近に市場経済しかない世の中に生きている息子が世界をリメイクするしていくきっかけを作るのも,大人の仕事かもしれないな。

注:ドラクエでは,IV以降,教会がゲームデータをセーブする機能を担っている。

「ドラゴンクエストIV 導かれし者たち」公式サイト

「ドラゴンクエストIV 導かれし者たち」ダウンロードページ

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