インタビュー
耳が長いから,ミミガーです――「洞窟物語」は意外にも行き当たりばったりで,多くの人に助けられた作品だった。原作者の天谷大輔氏が語る制作秘話
北米ではPixelという愛称で親しまれる天谷大輔氏は,この洞窟物語をほぼ独力で作り上げた人物だ。2011年には,著名なクリエイター陣が登壇をすることで知られるGDC(Game Developer Conference)で,日本のインディーズゲーム制作者として初めて講演するという快挙も遂げている(関連記事)。
今回は,日本一ソフトウェアからニンテンドー3DS用ソフト「洞窟物語3D」が7月26日に発売されるにあたって,その天谷氏に話を聞く機会を得た。GDC 2011ではゲーム制作において大切な要素を5つの項目に分け,見事な講演を見せてくれた天谷氏だが,実際の開発は苦労が多かった様子。ゲームボーイから得た音楽のインスピレーションや,そのときの気分にまかせたキャラクターの名付け方など,ゲームをプレイするだけでは分からない洞窟物語の裏側についても,いろいろと話していただいた。
洞窟物語は,確かに天谷氏の独力によって築かれた作品だが,それが生まれるまでには多くの人達の尽力があったこともうかがえる内容になっている。なお,本稿には一部,物語のネタバレを含むので,読み進める際はあらかじめご了承を。
原作「洞窟物語」に流れるゲームボーイのエッセンス
4Gamer:
PC向けに「洞窟物語」がリリースされたのは2004年末ですから,8年のときを経ていよいよパッケージソフトとして「洞窟物語3D」が発売になりますね。当時は,開発にすごく時間をかけたとお聞きしました。
表向きには開発期間5年くらいだと言っていますが,実はその前にも作ろうとしていたんです。ただ,ノウハウが無くて「これじゃ完成しない」と諦めていた時期がありましたので,それを含めると計7年くらいです。
4Gamer:
……開発開始が1997年と考えると,かれこれ15年経っていることに?
天谷氏:
……本当に,長い間何をやっているんでしょうね(笑)。
4Gamer:
PlayStationが3回も世代交代するくらいの期間ですから,なかなか……。
天谷氏:
確かに。もう今では,あの頃の考え方は通じないんでしょうね。たとえば,容量。洞窟物語って圧縮したら1MB弱で,フロッピーディスク1枚に入るサイズなんです。僕は貧乏性なところがあるので,そこは気を使っていたのに……。
4Gamer:
容量の重みは,今と全然違いました。
天谷氏:
まぁ,Windows 95からPCを始めた僕なんて,それ以前のMS-DOSやMSXでゲームを作っていた人からすれば,「そんなのまだまだ……」という感じなんでしょうけど。
4Gamer:
PCデビューがWindows 95ですか? ということは,洞窟物語の開発スタート時点では,PCに触れた経験はあまり無かったんでしょうか。
天谷氏:
ええ。あれは当時,何十万円もするものでしたから。ゲームの専門学校に入る前に,親の知り合いからPCを借りて,PC-98時代のRPGツクール「チャイムズクエスト」というソフトでRPGを作ろうとしたのが,初めてPCに触ったきっかけです。
4Gamer:
ゲームを作るという動機は最初からあったんですね。
天谷氏:
ゲームが好きでしたから,作りたいという気持ちはありました。子供の頃からファミコンが大好きだったんだけど,親がゲーム嫌いで買ってもらえなかったので,方眼紙のマス目を埋めてドット絵を描いて自己満足したり。もしかすると,親にゲームをやらせてもらえなかった反動があるのかもしれませんね。
4Gamer:
昔は,ゲームに対する風当たりが,今以上に強かったですから。ただ,天谷さんはそんな状況の中でも,ゲームに触れ続けてきたわけですよね。今,振り返られて,ご自身に影響したなと思うハードは何ですか?
天谷氏:
ゲームボーイです。テレビは一家に一台なので,ファミコンはゲーム嫌いな親の前でやらなければいけない。そこに出てきたのが,ゲームボーイという親に隠れて遊べるハードですよ。あれはかなりハマりました。部屋にこもって遊べる危険なアイテムです。
4Gamer:
中でも特にこのタイトルが印象的だった,というものはありますか?
天谷氏:
「魔界塔士Sa・Ga」ですね。あとはやっぱり「スーパーマリオランド」です。マリオは,ローンチタイトルなのに,それに勝てるゲームが出てこないまま次のハードまで行ってしまう,そういう任天堂さんのすごさを感じたタイトルでした。
4Gamer:
考えてみると,天谷さんがハマったというゲームボーイ用ソフトのグラフィックスやサウンドは,洞窟物語にも通じるものがありますよね。
天谷氏:
ああ,グラフィックスもサウンドも,影響は間違いなくありますね。
4Gamer:
具体的にどのような影響を受けたか,まずはサウンドから教えてください。
天谷氏:
たとえば,音の多いオーケストラだと,どの楽器がどの音を鳴らしているのかなんて考えないんですけど,ゲームボーイのようにシンプルな3和音だと耳が自然と1個1個の音を追いかけるんです。ゲーム音楽には小学生の頃からハマっていたんですが,そういうことに気づいたのは,ゲームボーイと出会ってイヤホンを挿すようになってからでした。
4Gamer:
なるほど。ですが,「洞窟物語」ではBGMもすべて天谷さんが作られていますよね。ゲーム音楽を聞いているだけでは,作曲は難しそうな気がしますが。
天谷氏:
小学生のときに,エレクトーンを1年ちょっと習っていたんです。短い期間でしたけど,その時に「コード進行」という言葉や,和音を鳴らしながらメロディを足していくと曲になる,ということだけは覚えました。あとは中学生のクラブ活動でブラスバンドをやっていて,楽譜に触れる機会があったのが,良かったのかな。
4Gamer:
専門的な勉強とはいかないまでも,音楽をかじってはいたんですね。
天谷氏:
そうですね。あと1つ,ゲーム音楽で印象的な出来事でいうと,小学生のときに教室のオルガンで誰かが「ドラゴンクエスト」のオープニングを弾いたときのことを覚えています。その瞬間,教室が「ゲームの空間」になってしまった。それが,すごく衝撃的だったんですよ。……まぁ,その後すぐにオルガンが全教室から撤去されちゃったんですけど。
4Gamer:
それはもしや,みんながゲームの曲ばかり弾いていたりして……?
天谷氏:
そうなんです。休み時間にずっとゲーム音楽が流れているんだから,先生には相当耳障りだったと思いますよ(笑)。僕自身も,プレイしていたゲームの音を鍵盤ハーモニカで延々と探していました。
4Gamer:
いわゆる「耳コピ」ですね。では,そこから実際に曲を作ろうと思ったきっかけは?
天谷氏:
作曲をかじったのは,中,高生の頃に親がシンセサイザーを買ってくれたときですね。触って覚えたので機能は使いこなせていなかったんですけど,その範囲で「これはRPGの戦闘の曲だ」とか言いながら作っていました。
4Gamer:
既存曲のコピーではなく,オリジナルの曲をですか。
天谷氏:
そうそう。あの頃は「みんなで勉強しよう」って友だちと集まったのに,いきなり僕が作曲を始めたので,友だちが怒ったりして(笑)。
4Gamer:
その頃から,もう作曲を始めていたんですね。
天谷氏:
ええ。ただ,洞窟物語をああいう音でいこうと決心できたのは,3和音で素晴らしい曲をいくつも産み出しているファミコンやゲームボーイの楽曲を,ずっと聞いてきた経験があったからです。たとえば,ピアノやギターの音を使うなら,その楽器がどんな弾き方でどんな音が出るのか知らないといけない。音を知らない人がMIDIで曲を作っても,「知らない」ということが分かるんです。
その点,3和音はできることが限られているので,音を知らなくても誤魔化せるというメリットがありました。もちろん,突き詰めていくと,ファミコンの「ドラゴンクエスト」などは,ただの3和音じゃなかったということに気付かされるんですが。
4Gamer:
ただの3和音ではない?
天谷氏:
ピーとかプーという電子音が鳴っているだけだと思っていたんですけど,ビブラートを微妙にかけていたり,アタックを付けて弱くしたりといった処理がされているんです。「魔界塔士 Sa・Ga」でも,1個の音をパーっと鳴らしているだけかと思ったら,「パー……」とだんだん音を高くしていくことで雰囲気を作っていたりとか。
だから,ただ録音しただけのピアノの音を使うよりも,サイン波とかノコギリ波とかで表現できる音を突き詰めていこうと思ったんです。
4Gamer:
制限のある中で,最大限の表現をするということでしょうか。
天谷氏:
そんなに大それたことではないんですよ。洞窟物語に限らず,僕の創作においては「都合がいいからそうしている」というものが多いので。
4Gamer:
それは,サウンドに限らずグラフィックスなどでも?
天谷氏:
ええ。なぜグラフィックスをドット絵にしたかというと,描くのが簡単なうえに,容量が少なくて済むからです。しかも,当時は32×32ピクセルでキャラクターを作っているゲームが多かったんだけど,洞窟物語のキャラクターは16×16ピクセルで作られています。そうすると,描く面積が4分の1で済みますから。
4Gamer:
できるだけ小さくすることで,開発の手間を減らすわけですね。
天谷氏:
もちろん好きでやっている部分もありましたけど,そういう狙いもあったんです。少なくとも,「3Dへのアンチテーゼ」とか,そんな意図はありません。
4Gamer:
ただ,洞窟物語のグラフィックスには,情報量が限られているにも関わらず「湿度感」が加わっていますよね。同じ洞窟内なのに,場所によってポタポタと水滴が落ちていたり,草が生えていたり,ドット絵なのに,ステージごとに特有の臨場感がある。
天谷氏:
あ,水滴はすごく重要です。コンピュータ(ゲーム)と水ってすごく相反するものなんだけど,それを入れることで世界が広がる気がするんですよ。水の表現は好きで,泡とか水滴とかは,ゲームを作るうえで頻繁に使いますね。
4Gamer:
容量の削減という観点からすると,そういった水の表現って,入れない方がいいですよね。それでもあえて入れることに意味がある。
天谷氏:
ええ。逆にそれは,荒いグラフィックスでもほしい。それだけ大切なものなんです。
行き当たりばったりで名前をつけたキャラクター達
4Gamer:
グラフィックスといえば,キャラクターについても伺いたいと思います。ミミガーとか,面白い種族が多いなと思うんですよ。
天谷氏:
昔から,動物のキャラクターを描くのが好きなんです。とくにネコのキャラクターをよく描いていたんですけど,ネコって耳が立っているでしょう。16×16だと,耳だけでドット数を取られるのが辛かったんです。
4Gamer:
なるほど,だからミミガーの耳は垂れているんですね。……あれ? もしかして,ミミガーの名前の由来って。
天谷氏:
「耳が」長いからミミガーです。名前に関しては結構そのまま,あまり難しいことを考えていません(笑)。
じゃあトロ子は,トロいから。
天谷氏:
そうそう,そんな感じです。
4Gamer:
なんだか,キャラクターのネーミングもユニークですよね。最初のボスも,あのルックスで「バルログ」ですし。
天谷氏:
バルログって最初は「プー」という名前だったんですよ。あのデザインは石鹸を元にしていたんです。GDCの講演でも言ったんですけど,石鹸をモチーフにして,それに腕と足を付けるとか,プロペラを付けて飛ぶやつとかをいろいろ作ったんですよ。β版では「デザインも楽だし,これで行っちゃえ」と。
4Gamer:
β版では,石鹸型のキャラクターがたくさん出てきたらしいですよね。
天谷氏:
けれど,正式版に作り直したときになぜか「石鹸」という設定がどこかに行ってしまいました。それから,目の下にくまを入れるとかいろいろ飾りを付けていって,ご存じのキャラクターになっていったんです。結局,「バルログって何だ?」と言われると僕自身にもよく分からない。テレビだとかトースターだとか,冷蔵庫だとか弁当箱だとかいろいろ言われてるんですが。
4Gamer:
……えっと,電子レンジだと思っていました。
天谷氏:
ああ,電子レンジも言われてましたね(笑)。彼に関する過去のファイル名は「トースター」とか「ギンスケ」って書いてあって,「あ,これ銀色なんだ?」とか自分で思ったりすることもあるんです。
4Gamer:
そのときの気分で付けたファイル名なんですね。
天谷氏:
個人でやっているせいもあって,自分にも相談なしで,コロコロ変えているところがあるんですよ。
4Gamer:
結局,バルログはどうして最終的にバルログという名前になったんですか? 元々はJ・R・R・トールキン(※)の作品に登場する怪物ですよね。
※イギリスの作家で,代表作は「指輪物語」や「シルマリル物語」。バルログは同2作品に登場する怪物だが,原作では個体名ではなく種族名として記されている
天谷氏:
バルログって,悪いヤツの手下ってイメージですよね。それで「このキャラクターはミザリーのしもべだから,バルログが合うのかな?」と,とりあえずつけただけです。名前に関してはかなり気まぐれで,統一感がないんですよ。一応,符号の名前をいっぱい付けたというのはあるんですけど。
4Gamer:
符号,ですか?
天谷氏:
「クォート」(引用符‘’)に,「カーリーブレイス」(中括弧{})に……。
4Gamer:
ああ,なるほど!
天谷氏:
カーリーブレイスと一緒にいるミミガーは「コロン」(:)って言うんです。それにボロスの由来は「ディアボロス」という無限記号(∞)だったりします。ボロスのスペル自体は,見た目が丸いから「ball」+「os」ですけど。
「数馬」や「スー」(数)も,数字でまとめたんです。兄貴の名前にも「数」を使っているのに,妹にも「数」かよ! みたいな(笑)。母親の名前も「百鈴」(ももりん)ですし。
4Gamer:
それでまた独特の雰囲気が出ていますよね。スーの初登場時にはびっくりしました。急に漢字の名前が出てきたので。
天谷氏:
でしょうね。……これで行き当たりばったりなのが,ばれちゃいました(笑)。
「洞窟物語」を語るうえで忘れてはいけない人達
4Gamer:
今,少しお話の中でも出ましたが,洞窟物語はβ版があったのに,丸々作り直されたそうですよね。
天谷氏:
ああ,そうです。
4Gamer:
天谷さんのゲーム作りで非常に面白いと思うのは,ゲーム会社に勤められた経験がまったく無いにもかかわらず,プロっぽさが感じられるところです。GDCの講演で紹介されたような開発のノウハウもそうですし,それに,作りかけのゲームを「イマイチだから作り直そう」といった判断ができるのが本当にすごいと思うんですよ。
天谷氏:
洞窟物語のβ版を作り直したのは,僕にプログラムを教えてくれたNaoという人が,すごくゲームに厳しい人だからなんです。作っているとき,目的が商売じゃないこともあって「ここは面倒くさいからいいや」「これだけでプレイヤーが満足してくれるだろう」と,妥協しちゃう部分がありました。
ところが,そういう妥協って自分でも気付かないくらい積み重なっていくものなんです。で,いざβ版が完成してNaoにプレイしてもらったときに,それを後ろから眺めていたら「あ,ここは絶対文句言われる!」とか「これは,分かりにくいな」とかに,気がついてしまって。
4Gamer:
他人がプレイしている様子を見て,直すべき部分が浮き彫りになったと。
天谷氏:
ええ。ストレートに「作り直せ」と言われたわけじゃないんですけど,彼に「このゲームはこことここを直した方が良いね」と指摘された部分がコアなところでした。このときはもう,β版を作るのが嫌になっていたし,彼の言いたいことはわかったので,「次は良いものができるから,作り直す!」と決めたんです。それで試しに作り直してみたら,そこから一気に完成まで行っちゃったというわけで。
4Gamer:
それが,現在世に出ているバージョンの洞窟物語になっているんですね。聞くところによると,β版とはゲームシステムの部分から大きく異なっているんだとか。
天谷氏:
だいぶ違いますね。まず,「何をしていいかわからない」のは当然だと思っていたんですよ。ブラブラして,あっちこっち行っているうちに,どこかでフラグが立って,行けるところが増えて「おっ」と思う。そんな感じのゲームが作りたかったんです。
だけど,それは大抵の人にはよくわからないし,素人が作っているゲームということもあって,「頑張っても面白いリターンは無いだろう」と思われがちで,すぐにプレイを辞められるのは目に見えていました。
4Gamer:
では,完成版では,そもそものゲームのコンセプトから仕切り直しになっているんですか。
天谷氏:
そうです。β版の方は作りながら考えていたので,結局それがどうまとまるか分からない部分が多かったんですよ。ですが作り直したときには,ゲーム全体のシステムが最初から見えていました。全体が見えた後に作り直したという流れがよかったんだと思います。
4Gamer:
ゴールが見えていたからこそ,良い結果に結びついたと。
天谷氏:
ゴールが見えていたというよりは,「道具が揃っていた」っていう感じですかね。β版では問題が起きたら,必要な道具をその都度作りながら進めていたんです。しかも,苦労したくないから作るのが一番楽な道具から試すんですよ。ですが,そうやって作っていたら,結局最も苦労する道具を最後に作ることになって……,とにかく無駄が多かったんですよね。
完成版では,その過程で作られた道具が揃っていて,使い方も分かっていましたから「この問題が来たらこの道具」という具合に進められました。
4Gamer:
では,作り直してから完成までは早かったんですか?
天谷氏:
作り直してからは早かったと思います。「何を妥協しちゃいけないのか」といった判断力も付きました。その間も,Naoに見せているわけじゃないんだけど,「あいつだったらここを直せと言うだろう」と考えたり。ちなみに,作りなおした洞窟物語は彼に黙ってリリースしました。なんか言われたら,嫌ですし(笑)。
4Gamer:
でも,結果的にはそうしてリリースしたものが大好評を得たわけですね。
天谷氏:
今でこそ,彼も「良いものを作ったね」って認めてくれます。それと,洞窟物語を語るうえで忘れではいけないのが,完成の1年前からテストプレイしてもらった4人の友人達です。
4Gamer:
テスターとは,BBSで意見を交換されていたと聞いています。
ええ,彼らとは元々インターネット上で知り合ったんです。ゲームの完成後にそのログを読み返してみたら,「このゲームを面白くしたのは彼らだ」と強く感じましたよ。
たとえば,敵を倒してアイテムを取ると強くなり,ダメージをくらったら弱くなってしまうという武器のシステム。パワーアップタイプのゲームって,大抵,目一杯に強くなったら後はごり押しになってしまうんですが,洞窟物語ではレベルダウンがあるので,緊張感が持続します。それで,同じステージでも「クリアを目指すか」「レベルを上げるか」といったように,プレイに幅ができるんです。あれが最終的にできたのは,彼らの意見を取り入れて機能を追加していったからだと思います。
4Gamer:
テスターの中には,ネット上でしか交流の無い方もいらっしゃったそうですね。
天谷氏:
4人のうち1人はいまだに会っていません。Skypeで初めて話して「あ,こんな人!?」とか思いました。まぁ,そんな感じで洞窟物語は1人で作ったということになっているけど,忘れちゃいけない協力者もたくさんいるんですよ。
米企業Nicalisの協力でWiiウェア,DSiウェアへと発展
4Gamer:
さて,そういう風に時間をかけ,いろいろな方の力を借りて作り上げられた洞窟物語ですが,どうしてシェアウェアにしなかったんでしょうか。
天谷氏:
もう,当時は洞窟物語のようなゲームが時代遅れになりつつありましたから,商業で勝負するのは厳しいと思いました。だからといって,流行にのった作品というは,僕の作りたいゲームじゃなかったので。
4Gamer:
作りたいゲームではなかったというのは?
天谷氏:
ちょうど1997年前後って,ゲームのグラフィックスが3Dになっていった頃じゃないですか。ゲームって雑誌やテレビで宣伝するので,そこに2Dのグラフィックスが載っても,もう古かったんですよ。でも,2Dのゲームそのものはとても面白かったんです。だから,自分は2Dのゲームが好きな人のためにゲームを作っていこうと思いました。最初はそういうマーケットでの商売も視野にいれたんですが,コピー防止や金銭トラブル,バグの保証などを考えると厳しかったんです。
4Gamer:
なるほど,そこでフリーフェアにすることを決めたんですね。
天谷氏:
ええ。リリース後,「洞窟物語を商業でやってみませんか」という話は何件かいただきました。でも,お金を取るなら取るで,もっと綺麗にまとめたいと思っていたんです。あと,あの頃はゲームじゃなくて「ピストンコラージュ」という作曲ソフトを作るのにハマっていましたし,結婚して自分の時間が取れなくなったというのもあって,いろんなことを断ってたんですね。
4Gamer:
洞窟物語を商業タイトルとして出すことについては,かなり慎重だったんですね。では,Wiiウェア版やDSiウェア版を経て,今回の洞窟物語3Dを出すに至るまでに,どういう経緯があったんでしょう。
天谷氏:
ちょうど今の話の続きになるんですが,洞窟物語についての依頼の中には,「ここまで動くものを作ったんだけど,完璧に作りたいからソースコードをください」と言う人もいたんです。そういう人にはソースコードを渡していたんですが,あるとき「携帯電話に移植させてください。全部こっちでやりますからあなたは何もしなくていいですよ」という企業が出て来たんです。
4Gamer:
なんかちょっと,いかがわしい感じですね(笑)。
天谷氏:
しかも携帯電話って,今普及しているスマートフォンじゃなくて,いわゆるガラケーですよ。ガラケーのボタンで,あのアクションをできると思います?
4Gamer:
隠しステージはおろか,普通にクリアするだけでも相当に難しい気がします。
天谷氏:
ですよね。あと,洞窟物語って「ファミコンにありそうなゲーム」と言われていますけど,PC版ではめちゃくちゃなメモリの使い方をしているんです。ファミコン用のソフトって,広いマップがあっても,画面内のキャラクター以外は動いていません。ですが洞窟物語は,そのマップにいるキャラクターが全員,常に歩き回っています。そんなメモリの使い方をしていることもあって「携帯電話じゃ無理だろ」と思ったんだけど,「まぁ,やれるものならやってみて」と,答えました。
4Gamer:
その,ある意味で無謀な挑戦をしようとしたのはどこの会社なんですか?
天谷氏:
それが,アメリカのNicalisという会社だったんですよ。担当はタイロン・ロドリゲスという人だったんですけど,彼は仕事じゃない話もいっぱい振ってきましたね。「元気ですか? アメリカに遊びに来てください」みたいな(笑)。
4Gamer:
え,Nicalisというと,今回の洞窟物語3Dの開発元でもありますよね。では,携帯電話版の移植も成功に?
天谷氏:
いえ,タイロンからしばらく連絡が無くなったので「やっぱり携帯で出すなんて無理だったんだろうな」と思っていたんです。そうしたら今度は「ゲームボーイアドバンスで出さないか?」と話が来た。ゲームボーイアドバンスはC言語ではなく機械語なので,あれで動くものは限られるよなと思いつつも,「まぁ,やれるものならやってみて」と。
4Gamer:
……またですか?
天谷氏:
さらに次,タイロンと会ったときに「WiiかDSで出さないか?」と言われまして。
4Gamer:
ころころ変わっていきますね。移植先のハードだけは着実に進化して(笑)。
天谷氏:
僕も最新のハードであるWiiで自分のゲームが出る,というのは全く想像できませんでした。グラフィックスの向上が凄まじいゲーム業界の風潮の中で,リリース直後ですらちょっとレトロな雰囲気だった洞窟物語を出すと言われたんですから。そのときはさすがに,疑いましたよ。現状では,いろんなところで企画が通らないだろうと。
4Gamer:
それでなくとも,携帯電話版とGBA版とで2回もぽしゃらせてますし。
天谷氏:
うん(笑)。ただ,この頃にはタイロンと仲良くなっていて,ゲーム以外での付き合いがあったので,やっぱり「頑張ってね」くらいの調子で返事をしちゃったんです。そうしたら,思いのほかWii版の開発が進んだんですよ。「こんなのが出来てきたんだけど」と見せられたバージョンでは,グラフィックスの解像度が倍になっていて,16×16のキャラクターが32×32になっていたんですが,単純に倍に拡大したものを無理矢理滑らかにしたようなドット絵でした。なので,「これはやめて」ということで,ドット絵には僕もちょっと参加することになって。
4Gamer:
そこは直接関わられたんですね。
天谷氏:
そうなんです。で,なんだかんだとやっているうちにWii版が完成して,予定していたよりも1年半くらい遅れましたが,Wiiウェア「Cave Story」としてリリースされたんです。
4Gamer:
それが大体2年前,2010年3月くらいのことですか。
天谷氏:
そう。そして同じ年の11月には,なんとDSiウェア版も出せてしまったというわけです。それからは,タイロンにいろんなことを任せるようになって,その流れで3DS版を出そうということになったんです。
4Gamer:
それもタイロンさんが持ってきた話なんですか?
天谷氏:
Wii版を作っている間も,3Dポリゴンで作った主人公のデータを「これどう?」と送ってきたりしていたので,「今度は何する気なの!?」とは思っていました。今でこそ3DS版も2頭身の主人公になってますけど,最初は頭身が高かったんです。当たり判定とか,どうする気だったのかは知りませんけどね。
4Gamer:
それはゲームバランスも大きく変わってしまいそうでですね。
天谷氏:
主人公を16×16のサイズに無理矢理収めているのも,四角形の当たり判定ってプログラミングが簡単だからなんです。手足とかの飛び出た部分があると,そこと壁が当たったときの判定がシビアになってくるんですよ。
4Gamer:
そのために,主人公の頭のサイズを大きくしている。機能を優先したデザインなわけですか。
天谷氏:
ええ。例えば「スーパーマリオブラザーズ」のマリオって,がに股のポーズでしたよね。あれって,ブロックの角に立ったときに,判定を四角くして端まで立てるようにするためだと思うんですよ。
4Gamer:
ああ,なるほど。マリオはがに股のポーズをしているからこそ,足場ギリギリの地点からのジャンプができるんですね。
天谷氏:
でもみんな,このポーズに違和感を抱かない。これは2Dだからこそ誤魔化せるところだと思います。逆に洞窟物語では,ギリギリのところで滑り落ちるようにしたかったから,主人公の身体を小さくしているんです。今回,洞窟物語を3Dにするときも,そういう面からいろんな問題が出るだろうなあ,と思ったのに,完成させちゃいましたね。
4Gamer:
今回の3DS版は,天谷さんも監修をされているんですか?
天谷氏:
いちおう,出来上がってきたものを定期的に見て「ここはこうした方がいい」と言ってはいます。ただ,プロモーションムービーとかを観ていただくとわかるんですけど,元はのっぺりしたシンプルな背景のマップだったのが,3DS版では樹が生えていたり細かいものが置いてあったりするんです。ああいう発想は,僕にはないですよ。
4Gamer:
その辺りには,開発元のアドリブも入っていると。
天谷氏:
そうですね。プロモーションムービーでは僕の作った2Dのマップと,3Dに描きかえられたグラフィックスを順番に見せているんですが,元はどこまで行っても草と岩,っていう感じのところが,3DS版ではたとえば川があったり物が流れていたり。
正直言って「洞窟物語」というタイトルでも,当時はあまり洞窟らしくなかったんですが,3DS版では,デザイナーの人がかなり洞窟らしさを意識している。僕の考えていることを遙かに超えたものになっています。
4Gamer:
そういう意味では,Wiiウェア版やDSiウェア版はいわゆる移植でしたけど,3DS版については進化していると考えてよさそうですね。
天谷氏:
ええ。音楽もWiiウェア版のとき,「グラフィックスが綺麗になるから音楽もピコピコ音じゃ合わないだろう」ということでプロの人に任せて作ってもらったんです。けど,原曲が好きな方からは賛否が分かれたんですね。
なので3DS版では,すごくわがままを言ったんですよ。「原曲に近いまま,だけど音は豪華にして」と。無茶を言ってやってもらい,さらに音符単位で「この音符は短く」などと調整してもらったんです。だから今回の音楽は,原作に近いのに,豪華になっていると思います。
4Gamer:
原曲を豪華にというか,今風にするのは難しいんでしょうか。
天谷氏:
僕は「名前の無い音」を使って曲を作っているんです。洞窟物語で使っている「オルガーニャ」っていうエンジンは,波形をマウスで描いて音を作ります。そして,いろんな波形を100種類くらい描いてツールに突っ込み,それを組み合わせて曲を作るんです。今回作り直したものでは,「名前のある音を使っているんだけど,元の音に聞こえる」というアレンジになっています。
4Gamer:
名前のある音をうまく加工して,名前のない音を再現しているんですか……。それはまたすごいですね。開発陣の本気が伝わってきます。
天谷氏:
ラスボスの戦いの曲とか,サウンドの担当者がギターを弾く人なので,エレキギターで「ギャーン!」と生音を使って作ってくれたものもあったんですけど,それはちょっとやりすぎだったので抑えてもらいました(笑)。
4Gamer:
そのバージョンも何かのかたちで聴いてみたいです。
天谷氏:
すごくかっこよかったですよ。けど,その曲だけそんな風になっていたらほかの曲と合わないじゃないですか。
4Gamer:
ただ,そういったアレンジの仕方なら,オリジナル版の楽曲に馴染みがある人ほど楽しめそうな気もしますね。
天谷氏:
「プロが作ったらこうなるんだな」という感じはしますね。そういう意味では,音楽も3DS版の見どころだと思います。
4Gamer:
今のお話を伺っていると,元は個人制作で作られた洞窟物語が,今回はいろいろなプロの方の力を活用している部分がありそうですね。
天谷氏:
今回は,もうお任せして,自分が分かる部分は改善点を指摘していこう,という感じでした。Wiiウェア版のときはドット絵だったけど,今回は3Dになっちゃったので自分でモデリングもできませんし。やっぱり納期とか予算とかいろんな話を聞きますし,プロで作るのって大変だな,ぼーっと5年間もゲームを作ってられないような世界なんだな,と思いましたね。
4Gamer:
ただ,プロの作ったゲームでも,7年も愛され続けることはそうそうありませんよ。
天谷氏:
フリーソフトって,寿命が長いんですよ。「すごく昔のゲームをつい最近知ったけど,面白い」とか。でも,会社として作る場合は短い期間にお金を入れなきゃならないから,そんなことやってられない。だから,自分の作ったゲームをかき消すような感じで,次のゲームを作らなきゃいけないという流れがあると思うんです。だから洞窟物語の場合は「運が良かった」というのは大きいですね。
洞窟物語のノウハウを活かした新作Rockfishも開発中
4Gamer:
それでは,そろそろ洞窟物語3Dが発売されることへのお気持ちと,今後の天谷さんの活動について教えてください。
天谷氏:
3DS版と聞いて最初は「できるのかな?」と思ったんですけど,できちゃいました(笑)。裸眼3Dでやってみたら,立体的に世界が見えるということに感動しましたね。1人じゃなくてみんなで作るとこんなになるんだなあ,っていう感じもありましたし。
4Gamer:
今回,コラボレーションで,プレイヤーキャラクターが追加されていたりと,面白い試みも見られますよね。
天谷氏:
ええ。実は今回のコラボで入る「ドラゴンスレイヤー」のポチと「いっき」の農民のドット絵は僕が描いたんですよ。ポチはそのままでもなんとか16×16に収まったんだけど,農民は元が16×16からはみ出ていたんです。それを頑張って収めて,倒れている絵とかを全部,洞窟物語のアニメーションにはめていくという作業をやりました。あれは,違和感があってすごく面白いなと思います。
4Gamer:
ほかの方が作ったキャラクターを自分の作品に移植するというのも珍しい経験だったかと思います。
天谷氏:
まさか小学生のときに友だちとやんややんや言って遊んでいたゲームのキャラクターを,自分のゲームに,しかも自分で入れて公開することになるとは。
4Gamer:
ゲームを作っていても,めったにできる体験ではないでしょうね。
天谷氏:
友達に自慢したいけど,洞窟物語を知らない人ばっかりなんです……。まあ,それでいいと思っていますけどね。あと,洞窟物語は,今の若い子にもプレイしてもらえているのですが,中にはゲーム画面を見て「こんなショボいゲームはやらない」という人も結構いたそうなんです。だから,3Dになった今度こそやってもらえるんじゃないかなと,期待しています。
4Gamer:
今回の洞窟物語3Dが発売することで,続編を楽しみにしてくれる人がまた増えそうですけれども。
天谷氏:
それは分かります。「作ってくれ」って,すでによく言われるので。
4Gamer:
でも,いなくなっているキャラクターもけっこういますよね……。
天谷氏:
エンディングが2つあるでしょう。だから続編を作る場合はどっちから続けるんだ,というのもありますね。最初は,「つきのうた」が流れるシーンから大農園に戻って終わりのはずだったんです。そこから4人のテストプレイヤーのうち1人が「もっと難しい面をやりたい」と言ったので,カーリーが生き残れる面ができて,そこで話を無理矢理集約させて。
4Gamer:
そういう流れだったんですか……。後付けとは思えないストーリーのまとまり方だと思いましたけれど。
天谷氏:
あそこで「すごく良い話だった」って言う人がいるから,「え,俺どうやってこの話作ったんだろ?」と不思議に感じています。作っているときは「あ,俺できる!」って思うんだけど,また作ろうとなると「どうやって作るのこれ?」って。いつもそんな感じで,ごめんなさい。
あと,僕の作品ということでいえば,iPhone向けに「Rockfish」というタイトルを開発しています。これは人間であっちこっちウロウロするのと,潜水艦に乗ってウロウロするっていう,洞窟物語に通じるところがあるゲームですので,楽しみにしていただければと思います。
それは,いつ頃のリリースを予定しているんですか?
天谷氏:
開発を始めてから1年経って,まだ基本システムをいじっている段階ですから,まず2年はかかると思います。来年出せたら……いいですね。それまでは,ぜひ洞窟物語3Dを遊んでください。
4Gamer:
天谷さんの新作も楽しみにしています。本日は,ありがとうございました。
「洞窟物語3D」公式サイト
「Studio Pixel」公式サイト
- 関連タイトル:
洞窟物語3D
- この記事のURL:
(c)2012 Nippon Ichi Software, Inc. (c)2012 NIS America, Inc. (c)2012 Nicalis, Inc./Daisuke Amaya.