連載
恋する馬型ロボットで世界の危機と戦う。「放課後ライトノベル」第67回は『異界兵装 タシュンケ・ウィトコ』を紹介
ここ最近,ライトノベル関係で一番驚いたニュースといえば,やはり『龍盤七朝 DRAGONBUSTER』2巻の刊行予告だろう。『DRAGONBUSTER』とは,『イリヤの空、UFOの夏』で有名な秋山瑞人の最新作。盟友であり,秋山と同じく熱狂的なファンを持つ古橋秀之とのシェアードワールド企画ということで,企画開始時には大きな話題を呼んだ……のだが,当の『DRAGONBUSTER』は2008年5月に1巻が刊行されて以後,いつまで経っても2巻が刊行される気配なし。
遅筆で知られる著者であり,「もう一生続きが出ないのでは……」との声すら聞かれていたが,2012年1月にとうとう2巻が刊行されることが発表。筆者を含むファンは「まさか」という驚きと,「ついに」という喜び,そして「実物を見るまで信じられない」という不安で激しく動揺したのだ。
この『DRAGONBUSTER』は中華風武侠ものだが,もともと著者はSF系の作風を得意とする作家。実際『イリヤ』までの作品には必ず人工知能を持つロボットが登場し,彼らと周囲のキャラクターとの交流が一つのポイントとなっていた。
というわけで今回の「放課後ライトノベル」では,やはりロボットと人間との関係性がテーマとなっている作品,『異界兵装 タシュンケ・ウィトコ』をご紹介。なんか最近,いわゆる“ライトノベルレーベル”でない作品の紹介が続いている本連載ですが,今回もちょっと主流から逸れた,講談社BOXからの紹介です。
『異界兵装 タシュンケ・ウィトコ』 著者:樺薫 イラストレーター:筑波マサヒロ 出版社/レーベル:講談社/講談社BOX 価格:1050円(税込) ISBN:978-4-06-283788-0 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●少女を守るため,「僕」は立ち上がる――
首府大学理工学部総合システム研究学科異界科学研究室。そこにいる「僕」のもとを,ある女子学生が訪れたところから,物語は幕を開ける。
いきなり長ったらしい名称が出てきたが,さりげなく仕込まれた“異界”の文字に気づいていただけただろうか。異界とは,エネルギー保存則の向こう側にある,この世界とは異なる場所のこと。ただその実在が証明されたことはなく,分かっているのは,異界物質と呼ばれる地上には存在しない物質が,人の心に反応することで,この世界に出現するということだけ。その多くは武器の形をとっており,これがタイトルにもある「異界兵装」である。
語り部である「僕」は,2年生になって新たに異界研に所属することになった貴志範子(きしのりこ)に惹かれるものを感じ,彼女の行動を追うようになる。そんなある日,範子と「僕」が2人きりでいるところに,10年前に行方不明になっていた天才的異界研究者,長木蓉(ちょうきよう)が現れる。続いてやって来た,蓉の大学時代の同期にして異界研准教授・安和将麻(あわしょうま)が彼女を問いただそうとする中,突如として未知の敵が範子たちを襲撃。「僕」は身を挺して,巨大な人型をしたその敵から範子たちを守ろうとする。
そう,「僕」とは20年前に化石化し,異界研で鎮座していた異界兵装。頭頂高20メートルの巨体を持つ,馬の姿をした兵器――タシュンケ・ウィトコなのだ。
●「僕」と彼女の,恋と戦いの1年が始まる――
これまでに確認された中で最大の異界兵装である「僕」だが,20年のブランクは大きく,襲撃者に苦戦を強いられる。そのとき,範子が手綱の形をした異界兵装を出現させ,「僕」を操ることで,辛くも勝利を収める。「僕」と範子の恋は,そうして始まった。
しかし「僕」が人に恋をするのは,実はこれが初めてではない。その相手は,20年前,「僕」が化石化するきっかけとなった出来事の中で出会った1人の少女。彼女の面影を宿す範子に,「僕」は強く心惹かれ,彼女と共に過ごすことに,深い喜びを見出すようになる。
一方の範子は,幼いころから馬術を学んでいたが,あるとき事故で乗っていた馬を失って以降,馬に乗るのをやめていた。だが「僕」を操り,「僕」と共に戦うことで,馬を操る喜びを思い出す。そして同時に,その楽しさを思い出させてくれた「僕」に,種族(?)を超えた感情を抱くようになる。
兵器と人間。馬と人。2人の間に存在する壁は,とんでもなく厚く,高い。そのはずなのだが,2人はまるでそんなものは存在しないかのように,ごく自然に互いに惹かれ,恋に落ちていく。範子がもともと馬好きだったとか,パイロットとそれに操られる兵器という深い関係性にあったとか,理由はいくらでもつけられるだろう。しかしそんな理屈を軽々と飛び越えて心を通わせる2人の姿は,恋とはもともとそういうものだというのを突きつけられているようで,どこかまぶしい。
ちなみに人に恋する兵器である「僕」だが,どうも巨乳好きらしく,たびたび女性(もちろん人間)の胸元に目をやったり,好みの(巨乳の)女性が近くにいるとテンションが上がったりと,内面はやたらと俗っぽい。それが落ち着いた語り口や,普段の寡黙な(「僕」は人語を解するが,話すことはできない)様子と相まって,なんともユーモラスな空気を作品に与えている。
●そして,「僕」と彼女の日々は続いていく――
今,筆者はさりげなく「空気」と書いたが,全編に漂う独特の空気感が,この作品のもう一つの特徴である。2人の恋愛以外にも,作中では異界と此岸(範子たちの住むいわゆる「現実世界」を作中ではこう呼ぶ)との関係性を始めとする,さまざまな問題が描かれる。けれど大きいはずのそれらの問題は,驚くほどあっさりと解決し,物語の前面に出てくることはない。かと思えば,野球の話にほぼ丸々1章が割かれていたり,キャンパス近くのラーメン屋の説明がやたら詳しく書かれていたりと,無駄にも思えるエピソードがたびたび挿入されたりもする。
こうしたちぐはぐさがしかし,「僕」と範子の恋愛を軸にまとまることで,言葉では表現しづらい,独自の雰囲気を生み出しているのである。あえて例えるなら,しんしんと降り続ける雪を,じっと眺めているような……とでも言おうか。冷たいようでほのかに温かい,静謐な美しさ。200ページに満たない中で,1年という時間を駆け抜けた本作は,どこか小説というより詩にも似た趣すら感じさせる(余談ながら,本作では各章で,古今東西の馬に関する名句が引用されている)。
それを象徴するのが,「僕」が意志を持ち,自ら動くための原動力となっている装置,人工実存機関。ロボットを動かす機構としては他に類を見ないほどロマンティックなその装置が,一体何を原動力としているのか。それはぜひ,一人ひとりの目で確かめていただきたい。
■馬型ロボットじゃなくても分かる,樺薫作品
著者の樺薫は1980年生まれ。デビュー作は2007年の『めいたん メイドVS名探偵』(ガガガ文庫)。主人公は,仕えていた家が名探偵の活躍によって没落し,失職したメイド。再就職先で再び事件が起こり,再失職を防ぐために名探偵と対決するという,アンチミステリ(メイド付)となっている。
『ぐいぐいジョーはもういない』(著者:樺薫,イラスト:mot/講談社BOX)
→Amazon.co.jpで購入する
第2作の『藤井寺さんと平野くん 熱海のこと』(ガガガ文庫)は,過去の名作をベースに,現代風の味付けで再解釈するという,ガガガ文庫の「跳訳」シリーズの一つ。坂口安吾の『投手殺人事件』を基にした,異色の“野球ポエム”だ。同じく安吾の作品が原案となっているTVアニメ「UN-GO」が放映されているこの機会に手に取ってみてはいかがだろうか。
そして第3作の『ぐいぐいジョーはもういない』は,天才ピッチャーと,それを受けるキャッチャーの2人を主役に据えた女子高生野球小説。最後の試合となる,3年次の全国大会決勝戦を1打席1打席たんねんに追っていく合間に,バッテリーの2人がいかに絆を紡いできたかという,そこに至るまでの日々が描かれる構成。野球小説として,そして百合小説として各方面で高い評価を受けた。
『藤井寺さん』『ぐいぐいジョー』の内容からも分かるように,著者は大の野球好き(ちなみに埼玉西武ライオンズファンとのこと)。面白い野球小説を求める読者なら,今後とも追いかけていきたい作家であるといえよう。
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