インタビュー
TYPE-MOONの原点を辿る「魔法使いの夜」インタビュー。奈須きのこ&こやまひろかず&つくりものじ氏の3名に聞く,ノベルゲームの未来と可能性
本作の舞台となるのは1980年代後半の日本。バブル景気を迎え発展していく町の中で,坂の上に住む二人の魔女――蒼崎青子と久遠寺有珠は,山奥からやってきた少年,静希草十郎と出会う。価値観も生きる世界も,すべてが異なる三人。本来交わることがないはずの彼らは,とある事件をきっかけに久遠寺邸で共同生活を始めることになり,物語は回り始める――。
「きのこ節」を織り交ぜながらも柔らかい筆致で綴られた奈須きのこ氏のテキストに,戦闘シーンのみならず日常の重要さにもこだわり抜いたこやまひろかず氏のグラフィックス,ノベルゲームというジャンルの可能性を大きく切り拓くつくりものじ氏の圧倒的な演出を加え,まさに青春のきらめきを切り取るさまざまな挑戦が行われている本作。その一端は,TYPE-MOONの公式サイトや,無料配布されている体験版をプレイするだけでも感じ取れるはず。
このほか,音楽にはこれまでTYPE-MOON作品の音楽を数多くてがけてきたKATE氏に加えて作曲家の深澤秀行氏が参加,ED曲である「星が瞬くこんな夜に」をsupercellが担当している。
本インタビューでは,この豪華メンバーによって作られた本作の魅力を,さらに深く知るために,シナリオの奈須きのこ氏,原画のこやまひろかず氏,スクリプトのつくりものじ氏にお話を伺っている。
「魔法使いの夜」における世界観やグラフィックス,キャラクターへの愛情,演出における徹底したこだわりを知ることで,また新たな風景が見えてくるはず。“最新の魔法使い”の産みの親達が,一体どのような思いで本作を作り上げたのか。これまで語られることのなかった“魔法”の秘密が,今,明かされる。
※インタビュー中には,本編についてのネタバレがあります。未プレイの方は,本編を終えた後に読まれる事をオススメします。
奈須きのこ氏(シナリオ担当) |
こやまひろかず氏(原画・グラフィックス担当) |
つくりものじ氏(スクリプト・演出担当) |
「魔法使いの夜」公式サイト
「魔法使いの夜」が目指した世界と空気
4Gamer:
発売されたばかりの「魔法使いの夜」(以下,まほよ),さっそくプレイさせていただきました。今日はその魅力についてお話しを伺っていきたいと思うのですが,あらためて本作がどんなタイトルなのか,というところからお聞きしたいと思います。まず……原作小説があるんですよね。
奈須きのこ氏(以下,奈須氏):
そうですね。ずいぶん昔に書いた小説が元になっています。といっても少部数の同人誌なので,本の形では世の中に3冊しか存在してないですけど。
4Gamer:
小説版は「月姫」「空の境界」「Fate/stay night」(以下,Fate) など,後の奈須きのこワールドの原点となった作品だとお聞きしています。「月姫」の主人公である遠野志貴にとっての「先生」であり,最強の“魔法使い”の一人でもある蒼崎青子の活躍を描いたものということで,ファンにとっては注目の作品です。
奈須氏:
青子とは長い付き合いになりました。昔からブレない娘です(笑)。リメイクとはいっても自分の中ではずっと変わっていないキャラクターなので,それを引っ張り出してきただけなんですけど。
4Gamer:
では今回ノベルゲームとしてリメイクするにあたっては,シナリオ面での苦労はあまりなかったですか?
奈須氏:
初めの選択肢としては,元の小説どおりに1980年代を舞台とするか,あるいは2010年の物語として置き換えるかで,迷いはありました。制作を開始して,こやまひろかずの絵と深澤秀行さんの音楽,そしてつくりものじの演出といった素材が集まってきた段階で,これは時代に左右されないものとして完成させられる,という確信が持てました。
4Gamer:
プレイした感想としては,何よりもまず,ものすごく美しい作品だという印象でした。イギリスの伝承童謡であるマザーグースからの引用や,BGMにリストの「愛の夢」やエリック・サティの「ジムノペディ」といったクラシック曲が採用されていることもあって,月姫の遠野家ルートや,空の境界の日常などに近い,とても静かな雰囲気になっていますよね。逆にFateのような作品とは,着地点が異なっているように感じました。
奈須氏:
おっしゃるように,穏やかで美しい世界を創り出したいという気持ちは強かったですね。月姫にしろFateにしろ,これまでのTYPE-MOON作品は「今の時代にはこれだ!」という要素をガンガン入れてきた。空の境界のような小説作品ならともかく,TYPE-MOONというチームで作るノベルゲームなら,まずエンターテイメントとして受け入れられるものにしようという気持ちが強かった。
ですが「まほよ」に関しては,今の流行はひとまず置いておき,ひたすらに丁寧なものを作ろうと思ったんです。これまでTYPE-MOONは娯楽としての要素を強く押し出してきたけど,一度ここで工芸品のような,あるいは映画を作るようなイメージでゲームを仕上げてみようと。テキストだけではない,CGだけではない,音楽だけではない,それらをまとめて「ひとつ上のもの」。そういうノベルゲームやアドベンチャーゲームというジャンルそのものの底上げをやってみたい,という気持ちがあったんです。
4Gamer:
工芸品という言葉は,すごくしっくりきます。いわゆる王道のエンターテイメントとは別の場所を目指しているというか。月姫やFateではかなり早い段階で「吸血鬼を倒しに行く」とか「聖杯戦争を終わらせる」といった明確なゴールが見えていましたが,「まほよ」では物語の着地点がすぐには明かされない造りですよね。
奈須氏:
「まほよ」は1980年代のジュブナイルを強く意識しました。でもそれって,今のプレイヤーにとっては,目新しいか退屈かの,どちらかなんですよ。ハリウッドを例にとると分かりやすいですが,あれって5分に1回見せ場を作るような方程式で作られてますよね。単純にエンターテイメントとして優れたものを作るなら,そうやって巻き巻きにしていくべきなんだけど,今回は1980年代という緩やかな時間をベースにした世界を作るという事にこだわりたかった。結果的にそれが穏やかで静かな空気を産み出す事につながったんだと思います。
こやまひろかず氏(以下,こやま氏):
地味ですけど,例えば雨が降っているシーンなんか,気を使ってます。戦闘シーンももちろん気合を入れて描くんですけど,そういうものをより引き立てるためにも,日常シーンは大事にしたかった。TYPE-MOONでグラフィックスを担当する時って,ケレン味重視の絵と写実的な絵にクッキリと分かれるんですよね。「まほよ」の場合は戦闘シーンのケレン味だけでなく,日常シーンの抒情性にもこだわってます。
4Gamer:
オープニングで傘をさして街を歩く青子が,すごく印象的でした。ちなみに舞台となった1980年代後半というと,日本のバブルの終わりにあたる時代ですよね。奈須さんご自身としては,1980年代についてどんな印象をお持ちなのでしょうか。
奈須氏:
80年代後半は,誰もが「これからどんどん近代化が進んで,世の中が一層よいものになっていく」という夢を持てた時代じゃないですか。それは結局5年後に崩れ去ってしまう幻想なんですけど,それでも当時自分が見ていたキラキラした空気というのは,今でも宝物のように感じられる部分があります。たとえ,あれが大きな間違いであったとしてもね。そうしたことを2010年から振り返って書けるということは幸せですね。
4Gamer:
正確な年数を決めず,1980年代後半という形で幅を持たせたことには理由があるんでしょうか。
奈須氏:
初めははっきりと1987年に設定するつもりだったんです。でも1989年にはベルリンの壁の崩壊がある。そうすると,作中の時間が進むに連れて,その世界的事件に触れざるを得なくなってしまう。そちらに触れるとジュヴナイル伝奇からいつもの伝奇によってしまう。なので1980年代後半という設定しました。
今回18禁要素を避けたのも,それを大事にしたかったからなんです。少年少女が恋を知る以前,人生を決定する前に交差する一瞬を描いた話なので,そこに18禁要素はいらないな,と。
4Gamer:
ああ,なるほど。いや,それでもエロスはものすごく感じるわけですが(笑)。
奈須氏:
それはもう,全部原画を担当したこの人(こやま氏)のせいですから(笑)。
こやま氏:
ええっ,そこ俺のせいなの?
4Gamer:
草十郎はよくあれで理性を失わないなと……いや,話を戻すと,そんな木訥な青年である静希 草十郎と,魔女である青子,久遠寺有珠の3人が,久遠寺邸で共同生活を送るというのが,本作のメインプロットになっています。この3人の距離感というのが,絶妙ですよね。単純なラブロマンスに回収できるものではないし,「こういう関係です」って一言で説明できるものでもない。そんな微妙な関係性が作品の空気を作っている。先ほどジュブナイルというお話がありましたが,まさにそんな青春のきらめきが描かれているように思いました。
奈須氏:
そこが雑居モノの醍醐味です。本来は相容れないはずの3人が,自分の価値観やルールを変えないままに共同生活を続けていくという。でもその中では,もちろん損なわれていくものがあるんです。
例えば草十郎は,山から下りてきた直後,第1章の時点だと,これまでのTYPE-MOON作品に出てきたどの主人公よりも凄い。それが文明に慣れて個人として確立していくことで,どんどん弱くなっていく。「まほよ」のテーマって,基本的に「都市と森」とか「進む文明」なんですよ。自然しか知らないままに生きてきた人間が,幸福に近づくことで生き物としては堕落していってしまう。そうやって徐々に変化していく草十郎と,一生変わることのない有珠,そしてどんどん新しいものを取り入れていく青子という3人が,あの洋館では交わっている。あとで誰かが振り返った時に,「そういう奇跡のような時間があったんだ」と思う物語を見せられたら,それはまさしく青春でしょう?
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