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[CEDEC 2010]なぜ海外はマッチョなタフガイ主人公が好きなのか。スクウェア・エニックスの共同開発事例から見えてきた海外市場の現在
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印刷2010/09/02 00:00

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[CEDEC 2010]なぜ海外はマッチョなタフガイ主人公が好きなのか。スクウェア・エニックスの共同開発事例から見えてきた海外市場の現在

 「CEDEC 2010」では,1時間のレギュラーセッションのほかに,30分のショートセッションも多数行われている。その中から,海外開発に焦点を当てた二つのショートセッション「北米企業・欧州企業との共同開発 ―開発スタッフが遭遇する障害―」と,「はじめての日米共同開発 〜日米両国でのディレクション経験を通じて得た、たくさんの気づき〜」を紹介していこう。

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「CEDEC 2010」公式サイト


 講師としてレクチャーを行ったのは,前半部分である「北米企業・欧州企業との共同開発 ―開発スタッフが遭遇する障害―」が,「ファイナルファンタジーXI」PC / Xbox 360 / PS2)でサーバープログラム,ローカライズエンジニアを担当した増永哲也氏,後半の「はじめての日米共同開発 〜日米両国でのディレクション経験を通じて得た、たくさんの気づき〜」が,現在北米にて未公開プロジェクトの開発に当たっている,ディレクターの塩川洋介氏と,コンセプト・アーティストの松澤雄生氏だ。三名ともスクウェア・エニックスからの登壇となる。


結論は,「できるだけ避けるべき」――

問題づくしの海外共同開発事例


スクウェア・エニックス
技術開発部 ソフトウェア・エンジニア
増永哲也氏
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 増永氏の発表は,「ファイナルファンタジーXI」のフランス語版の開発経験を例に挙げつつ,海外との共同開発において障害となりがちな諸要素について,解説を行う内容となった。だがその実例に入る前に,まず本発表の結論が先に提示された。それは「海外との共同開発は,できるだけ避けたほうがよい」というのもの。あまりといえばあまりの結論に,会場のあちこちから苦笑があがっていた。

 氏の説明によれば,海外との開発において障害となるのは,「距離」「時差」,そして「言語」の三要素だという。

 まず「距離」においては,同じ空間を共有できないことによる,対面コミュニケーション損失と,実機を共有できない問題が挙げられる。とくに前者の問題は大きく,その溝を埋めるために,資料作成などの本来であれば必要のない作業が発生し,開発業務を圧迫する例があるという。

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 続く「時差」は,活動時間のズレによる障害で,本当なら先のコミュニケーション不足を補うはずのテレフォンカンファレンスや,インテグレーションテストの実施に支障が出てくる。下の図は,ヨーロッパ(赤)と日本(青),北米(緑)が,同じタイミングでどういう時間帯なのかを示したもの。ヨーロッパが朝なら,そのころ日本は夜で,北米に至っては深夜である。朝の6:00とか深夜24:00を過ぎてからテレフォンカンファレンスが可能なら問題ないのだが……現実的には難しいといわざるを得ないだろう。メールの返信なども,ほぼ1日遅れとなるので,効率的とはいい難いそうだ。
 また日本と北米/ヨーロッパでは休みの取り方にも違いがある。日本は有給を使いたがらない代わりに,祝祭日が多い傾向にあるのに対し,北米/ヨーロッパでは祝祭日が少ない代わりに,有給の使用率は高い。仮に日本のスタッフが「あいつら有給ばっかり取りやがって」と思っていたとしたら,ヨーロッパのスタッフは「なんであいつら祭日ばっかりなんだ?」と思っているかもしれない。

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時差という面からいえば,韓国や台湾といったアジア圏との共同開発のほうが,ずっとやりやすいという
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 「言語」については,ほぼそのままで,コミュニケーションにおいて必須となる,英語に関連する障害だ。「ファイナルファンタジーXI」の実例では,通訳専門のスタッフと,開発の実作業にも関わるバイリンガルスタッフが,その矢面に立つことになったが,それぞれに得手不得手があることが分かったという(下図参照)。それでもコミュニケーションにかかるコストは,日本人同士の2倍から3倍にも膨れあがる。

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 これまで挙げてきた三つの要素は,相互に関連することでコミュニケーションを歪め,またマネージメントを取り仕切る人間が複数になることで,目的も共有されにくい。船頭多くして船山に登るとはこのことだろう。本来はコストの削減を目的にしていたはずの共同開発は,実際にやってみるとかえって逆効果だった,ということだ。


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 では海外開発の望ましい形とはどういうものだろうか。増永氏は,共同開発は基本的に避けるべきとしながらも,「どうしてもやらなくてはならない」なら次のような形にするべきと述べた。

 まず可能な限りのスタッフを一か所に集め,同一拠点での開発を行うこと。そしてワークフロー化しやすい要素のみを抽出して,別拠点にはそれらを集中的に担当してもらうこと。ここでいうワークフロー化しやすい要素とは,ムービーやUI以外のグラフィックスデータ作成,海外版のQA,オンラインゲームにおけるゲームマスター,翻訳などで,国内で行うアウトソーシングとほぼ同じと考えてよいという。
 そのほかマネージメントを担当するスタッフを拠点ごとに立てず,リーダーとなる人間が定期的に出張を行ってマネージメントすること,また海外製のグラフィックエンジンを無批判に礼賛するのではなく,国産エンジンに再び目を向けることなどが提案されていた。

先日発売された「Deux Ex 3」のトレイラームービーは,このような仕組みによって日本にアウトソーシングされた例だという
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海外は本当にリアル志向なのか

日本人クリエイターからみた北米市場


SQUARE ENIX, INC.
クリエイティブディレクター 塩川洋介氏(左)とコンセプト・アーティスト 松澤雄生氏(右)
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 ややネガティブよりの話題だった増永氏のあとを継ぐ形で登壇した塩川氏と松澤氏は,まず当人らの自己紹介からのスタートとなった。塩川氏は国内の複数の会社でディレクターやプランナーを務めていた人物で,現在は米SQUARE ENIXに所属している。過去には「KINGDOM HEARTS」「DISSIDIA FINAL FANTASY」といったタイトルに関わったが,現在は北米にて新規プロジェクトの開発を行っているという。
 松澤氏も同じく,国内大手ゲーム会社でアートデザインを担当したあと,スクウエェア・エニックスで「ファイナルファンタジーXIII」 「ジャイロマンサー」といったタイトルにコンセプトアーティストとして参加。現在は塩川氏と共に,米SQUARE ENIXで新規プロジェクトに関わっているそうだ。

 ここで気になるのが,その「新規プロジェクト」についてだが,残念ながら現時点では詳細を明かせないとのこと。限定的に語られた概要では,日米の共同開発プロジェクトとして,北米のコアゲーマーを対象として開発されているタイトルで,ファンタジー要素を含んだ内容になるという。
 開発体制は,SQUARE ENIXのスタッフがコアメンバーとして現地のスタジオに常駐する形で進められており,現地メンバーにも,海底都市で女の子を守ったり守らなかったりする某ゲームや,宇宙船の中で怖い思いをする石……なんとか,などに関わった,豪華スタッフが揃っているそうだ。

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元々は洋ゲー好きというわけでもなかった塩川氏。2年ほど前,社内研究のため酔い止めを飲みつつFPSなどをプレイしまくった結果,和田社長に北米市場にチャレンジするチャンスをもらったという
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 そんな塩川・松澤両氏が,実際の開発に飛び込む以前に,北米開発に対して持っていたイメージは,以下のようなものだったという。

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 「リアル志向」とは,フォトリアリスティックなグラフィックスで,ムキムキおやじ達が銃を撃ちまくるといったような,いわば洋ゲーにありがちなイメージのこと。市場側や開発者側に,リアルな表現についてなにかすごいこだわりがあり,それ以外は通用しないのではないか,とすら考えていたそうだ。
 「トップダウン意思決定」はワークフローについての話で,その意思決定の早さに,何かものすごい効率化の方法が隠されているのではないか,という話だ。
 最後の「ドキュメント重視」は,北米の開発はマニュアルや仕様書などが,とにかく充実していているという印象を指している。日本では面倒で敬遠されがちなドキュメント作成が,これほどまでに徹底されているのには,やはりなにか秘訣があるのでは,と期待していたそうだ。

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 では,そのイメージが,実際の現場ではどうだったのかというのを,一つずつ見ていこう。
 まず「リアル志向」について,塩川氏は大きな誤解だったと語る。ファンタジー要素もった本プロジェクトにおいては,ファンタジーとリアルをどう共存させればいいのかが,大きな懸念点となっていたという。そこで最初はとにかくリアル志向なイラストと企画書を持っていったところ,チームから帰ってきた反応は,「地味だ」「面白みがない」「売れると思えない」「こんなの作りたくない」といった,ネガティブな反応だったという。これが意外だった両氏は,次に派手さを強調した素材を用意したという。ファンタジーの強みを活かし,とにかくインパクトを重視した案である。その結果はというと……「思い出すのも悲しい」結果だったそうだ。「確かに派手だが,それ以前に意味不明で理解できない」「ウェスタンオーディエンス(北米ユーザー)のことをまったく分かっていない」と,散々な目にあった結果に辿り着いたのが,以下に示す「ビリーバブル(Believability)」という概念だった。

 「ビリーバブル」とは,つまりは「説得力」のことで,北米市場にあたってはこの感覚が非常に重要視される。なぜ北米キャラクターはオッサンばかりなのか。当初は不思議に思っていたこの疑問は,説得力という語で説明できる。困難に立ち向かう主人公が,それを打ち破るに足ると,プレイヤーが信じるためには,タフな肉体や深い人生経験といったヒーロー像が求められるというわけだ。
 この「ビリーバブル」は,何もキャラクターに限った話ではない。例えば「Fallout 3」に登場するコーラ(Nuka Cola)は,飲むことで体力が回復する効果があるものの,同時に放射能が体内に蓄積されてしまうアイテムとして登場する。この部分だけとってみれば,まったくリアルとはいい難い設定だが,核戦争後の世界という,同作の世界観全体が,この設定を「ビリーバブル」なものにしている。北米でウケるゲームとは,決して「リアル」一辺倒ではないのだと,塩川氏は語る。

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 塩川氏に続き松澤氏は,アートディレクションの視点から「トップダウン意思決定」の間違いについて解説を行った。当初のイメージから,北米の開発体制について行けるか不安だったという松澤氏は,とりあえずイメージしたとおりのディレクションを行ってみたそうだ。
 その結果はこれまた散々で,ほどなくスタッフから不満の声があがり始める。氏としては北米の常識(と思っていたもの)に合わせたつもりが,これもまったくの誤解だったそうだ。北米の意思決定において重視されるのは,チーム全員が納得することで,ディレクターに求められるのは,その「空気を読むこと」なのだと松澤氏は語る。
 具体的な事例でいえば,松澤氏がデザインイラストを北米スタッフ達に見せると,すぐに反応が返ってくるという。それが素晴らしいもであれば,「Cool!」とか「Nice」,「Awesome!」といった言葉が飛び交うし,そうでなければ,「ここはもっとこう……」と議論が始まる。どちらにせよ全員が納得するものが出てこなければリテイクとなり,そこにトップダウンなるものはまったく存在しないそうだ。

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 最後の「ドキュメント重視」については,これは想像以上の充実ぶりだったという。イラストを描くコンセプトアーティストにとって,プロジェクト全体が目指すべき方向が,きちんとドキュメント化されているのは好ましく,この点については期待以上だったと,松澤氏は言う。
 ただ予想外だったのは,そのドキュメントを作成するのがプランナーではなく,自分達だったことだ。最初にいい渡されたのは,ドキュメントが完成するまでは絵を描いてはいけないという指示であり,そして最初の3か月ほどは,まったく絵を描くことなくドキュメント作りに追われることとなった。その結果完成した「バイブル」と呼ばれるドキュメントの一部が,以下のスライドだ。

建物の外観を設定する「バイブル」の一例。建物を描くに当たって,使用できる線の種類が規定されている。これはつまり,建物は常に角張った形をしているということだ
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 「バイブル」を作成したことにより,個人の気分や好き嫌いといった,不確定な要素は排除され,その後のデザインはスムーズに進行したという。なおこの「バイブル」は,一度決まったら変更できないものではなく,プロジェクト全体の総意によって随時更新が行われていくとのことだ。

 セッションの最後には,塩川氏からこの北米での経験をどう活かせばいいのかという提案が行われた。氏はあくまで「北米をターゲットしたタイトルの場合」と前置きしつつ,次の3点をポイントとして挙げた。

 一つは,自分達持ってる強みを見つめ直すこと。北米のトレンドを追いかけてまわる必要はなく,日本は日本の独創性でもって,十分に北米と勝負ができる。ただしその独創性も,「ビリーバブル」でない表現で出力されては意味がない。自らを見つめ直し,相手に届く表現を考えることが重要だという。そのためには,既存のキャラクターの中から「ビリーバブル」な要素を探し出し,議論を重ねる必要性が説かれた。

 そして,そうして得られた共通認識を,必ず皆でドキュメント化し,「バイブル」を作成すること。プランナーやディレクターは「空気を読む」ことに専念し,チームをより良い状態に導くことが重要だとし,セッションは終了となった。

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 セッションにて繰り返された「ビリーバブル」=「説得力」という概念は,個人的には非常に分かりやすく,しっくりくる表現と感じられた。ただ,氏はこの概念を「北米をターゲットしたタイトルの場合」と前置きするが,これは何も北米に限った話ではないのではないか。
 日本に向けた主人公,ヒーローであっても,それらが「ビリーバブル」な存在であることは,とても重要なことであるはずだ。にもかかわらず,今の日本でマッチョヒーローが受け入れられないのは,単にそれが,大多数の受け手にとって,ちっとも「ビリーバブル」な存在と感じられないからだろう。

 だが,30代以上の人は,1970年代80年代のテレビヒーローを思い出してみてほしい。彼らは十分にマッチョで,地球の未来を託すに足る存在だったではないか。別に子ども達が世界を救う話が嫌いなわけではない。むしろ好物な部類であるのだが,それでも最近のゲームやアニメには,おやじ成分が足りてないと感じるのは,きっと筆者だけではないはずだ。別にマッチョでなくたって構わない。今の日本人にとって「ビリーバブル」な,“かっこいい大人”のヒーロー像を,そろそろ見てみたい。そう願うのは,贅沢すぎる悩みだろうか。
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