インタビュー
社会学者 鈴木謙介氏に,現代社会におけるコミュニケーション論や,そこでゲームが果たす役割について聞いた――「ラブプラス」を中心に
ゲームをコミュニケーションの“ネタ”にするには情報量が大事
鈴木さんご自身として,そういったスタンスでゲームを考えていくことに興味はありますか?
鈴木氏:
もちろんです。
まだあまりやられてきていなからというのもありますが,それ以上に大きなこととして,これまでの歴史になかったことが,これから起こってくるというのも見逃せないんですよ。
4Gamer:
どういったことですか?
鈴木氏:
我々の年代のゲーマーが子供を持つようになって,親世代になるということです。
もうすでに,子供とコンピュータゲームで遊ぶのは,当たり前になりつつありますよね。現在はその最初の段階ですが,子供より親のほうがコンピュータゲームのリテラシーが高いといった事例も,普通にあります。
4Gamer:
あ,確かに。
鈴木氏:
我々の世代は,大きく分類すると家庭用テレビゲーマーの第一世代でした。だから,親の知らないところで,子供だけの世界をゲームの世界に求めていたんです。一方で親世代は,自分の頃とは“子供の遊び”が変わってしまったことで,価値観を共有できず,ゲームを否定しようとしてきた。
でもこれからは,ゲームの世界の中でも,親子のつながりが求められるようになったりもするでしょう。
4Gamer:
これまででも一部にそういう話はありましたが,どちらかというと特殊でしたよね。友達がお父さんと一緒にゲームで遊んでるなんて聞くと,うらやましいなぁって思うぐらいに。
鈴木氏:
でも,これからはもっと一般的なことになっていきますよね,間違いなく。
そうなっていくことで,これまでゲームについて当たり前だったことが,通用しなくなっていくと思うんです。するとそこで,あらためて“ゲームとは何か?”みたいなことが問われるようになるでしょうし,そこを無事通過しないと,親世代がどんどんゲームをやめていくだけで終わりでしょう。
4Gamer:
かつてそこそこゲームをやっていて,現在は子供のいる40代以上の方なんかだと,ほぼそういう傾向ですよね。もうゲームは引退,みたいな。
鈴木氏:
例えば5歳ぐらいの子供にとって,PlayStation 3はアニメを見るもの。お父さんはそれでゲームをします。みたいな分かれ方をすると,ちょっとつまらないですよね。
4Gamer:
でも,ありそうですよね。お父さんの部屋にはXbox 360があるんだけど,居間にはWiiだけ,とか。
つまり鈴木さんは,コンピュータゲームというものが,親子でキャッチボールをするのと同じような感じで,一緒に楽しめるものになっていってほしいし,その環境が整いつつあると考えているんですね。
鈴木氏:
もちろん,キャッチボールもやっていいんですけど(笑)。
ただ,こうなっていくことで,ゲームで遊ぶのは健全か不健全かなんて議論が,どうでもいいものになってくれればいいなと。
そういった方に向けて何かを作っていくのは,ゲーム業界にとっても大きな刺激になるんじゃないかと思うんですよね。やっぱり,今あるマーケットに食い込むことより,まだないマーケットを作っていくことのほうが,人間にとっては楽しいはずですから。
4Gamer:
市場的な可能性はあると思いますか?
鈴木氏:
市場のはかり方にもよるとは思いますが,例えばドラクエIXとラブプラスって,ニンテンドーDSというプラットフォームは共通していますが,ターゲット層は違いますよね。
4Gamer:
ラブプラスをやっている人の多くは,ドラクエIXをやっているかもしれませんが,その逆は少なそうですね。
鈴木氏:
それでも,プレイヤーがコミュニケーションをしながら遊び方を発明していったという点では共通しています。モンハンもそうですよね。従来とは違う“市場”としてまとめて測定すれば,徐々に市場的に数字を見込めるサイズにはなってきていると思うんです。
もちろん過去にも,カードダスであったり,「ポケットモンスター」であったり,「ラブ and ベリー」だったりと,いろいろなケースはありますが,どちらかというと単発であったり,そのシリーズだけのものでした。
4Gamer:
それがここにきて,大きな潮流になりつつある,と。
ということは,ゲームそのものだけに耽溺できればOKという時代ではなくなってきているんでしょうか。
鈴木氏:
ある種,コミュニケーションを媒介するための,“社会的ゲーム”とでも言うべきものが人気を得る部分があるのは確かでしょうね。コミュニケーションのネタとして,ゲームを導入するというか。
4Gamer:
ゲームにおいて,コミュニケーションを促進する要素には,どういったものがあると考えられますか?
男の子ゲームと女の子ゲームでは,また違うんでしょうけど,男の子ゲームに限っていえば,ネタとなる情報量も大事なんですよ。
例えばモンハンの場合,武器やモンスターにさまざまな設定が用意されていて,その膨大な背景情報などを攻略Wikiなんかで確認し,友達とコミュニケーションするといった,ある種の二重性が重要になるんですよね。
4Gamer:
ああ,ありますよね。
ある程度は自分で調べつつも,古龍の倒し方を友達に聞いて,さらに一緒に遊ぶとか。
鈴木氏:
そうそう。
モンハンって,男の子が好きそうな膨大な設定情報が用意されていて,それを利用してクエストを進めていくゲームですけど,そこには反射神経よりも受験のように覚えていく能力が重要だったりして,さらにそれを4人で遊んだりすると不確定要素,つまり偶然という要素の比重が高くなってきて,より楽しいみたいなところがありますよね。
いわば,知的なデータベースをインストールする競争と,偶然を楽しむ要素が両立しているので,多くの人がこれだけ夢中になるんだと思います。
人間関係をつなぐ“ネタ”としてのゲーム
でも一方,情報量が膨大であることが最初から分かってしまうと,ゲームを遊ぼうというモチベーション……つまり,ゲームを遊んで友達とコミュニケーションしようという意欲をそいでしまうケースもあるんじゃないかと思うんです。
鈴木氏:
ありますね。面白そうだけど,面倒くさいとか,時間がないとか。
4Gamer:
面白そうで買ってはみたものの……という話もよく聞きます。
鈴木氏:
でしょうね。そこで一つヒントになるのは,「サンシャイン牧場」かもしれません。あれは,何もしないゲームだからこそ,当たってるんだと思うんです。
4Gamer:
何もしてないゲームに,なぜ惹かれる人が多いんでしょう?
鈴木氏:
先ほど,ゲームがコミュニケーションの触媒として機能するようになったという話をしましたが,もっと言ってしまうと,人間関係を作るための緩衝材が必要だということなんですよ。
4Gamer:
といいますと?
鈴木氏:
例えば,単なるクラスメイトや仕事仲間,飲み友達だけで日常が回っているのならいいんですが,とくに共通点のない他者とコミュニケーションをしようと思ったとき,材料となるものが少ないんですよね。
4Gamer:
接点がないというやつですね。
鈴木氏:
あるいは,いつまでも関係を維持しておくのが難しいとか。
学校だったら,運動会の前に盛り上がって仲良くなった奴がいたけど,運動会が終わったらとくに話すことがないみたいな経験,ありますよね?
4Gamer:
大いにあります。
鈴木氏:
昔だったら,勇気を出して「一緒に遊びに行く?」なんて言っていたと思うんですけど,それの代わりに「お前,モンハンやってる? じゃあ,ちょっと休み時間にやろっか」みたいになっていく,ということなんです。
4Gamer:
それは,かつてと比べて個々人の持っている趣味が多様化したり,細分化しているから,ですか?
鈴木氏:
それもあるでしょうけど,基本は人間関係が切りやすくなっているからでしょうね。
4Gamer:
あー……,切りやすく……。
鈴木氏:
人間関係が切りやすくなっていると,その間をつなぐ材料は,できるだけ重いモノじゃないほうが便利なんですよ。凄く仲の良くなった奴以外とは。
実際のところ,モンハンとなるとちょっと重いですけど,サンシャイン牧場ぐらいなら妥当というか。とりあえず虫投げとけ! ぐらいで維持される関係で済みます。
4Gamer:
そういうコミュニケーションって,一体何なんでしょう?
鈴木氏:
何なんでしょうね?
単に携帯電話やネットの普及で,付き合いの数が増えているだけだとは思うんですよ。昔だったら付き合う必要がなかった,あるいは顔見知り程度で済んでいた関係に,ある種の仲の良さみたいなものが求められるようになっていますし。
4Gamer:
ああ,ありますよね。「友達が〜」って話をよくよく聞いてみると,「それ,ただの知り合いじゃない?」というようなことも。
鈴木氏:
それこそ,春にクラス替えがあって,元のクラスの全員とメールアドレスを交換したから,全員友達! みたいな,冗談みたいな話があるほどですから。
4Gamer:
不思議だ(笑)。
鈴木氏:
ね。でも僕はそれでもいいと思うんですよ。要するに,日本の閉じた人間関係の良さが生きる時代は終わっていて,少し前の価値観でいうと「それ,友達?」みたいな関係が広がらざるを得なくなっていますから。これが,グローバル化して流動化した社会での,人間関係の基本なんですよ。
で,ここで重要になってくるのが社交術なんです。何となく薄い,人脈程度の人間関係のつながりを維持するには,ちゃんとした社交術が不可欠なんです。
4Gamer:
社交術,ですか。
鈴木氏:
西洋だと,社交術って文化や階級に基盤を持つものなんですよ。
昔の哲学書を読んでいるとか,オペラを見に行ったといったことであったり,アンダークラスだったらHip-hopが好きだということだったり。こういう文化や階級に基づく関係性が根強いんですね。
4Gamer:
文化や階級そのものが,人間関係の緩衝材やコミュニケーションのネタになりやすいわけですね。
でも日本の場合は,そういうのを前面には出しにくい。そうなると,漫画やゲームといったコンテンツ,消費財を間に挟む必要が出てくるんです。全然知らない人とでも,「スラムダンク」の話題で盛り上がったら仲良くなれるかもしれない,みたいな形ですね。
4Gamer:
ああ,例えば海外から来た方なんかでも,日本のゲームが好きだなんて話を聞くと,「お,仲良くなれるかも?」みたいに思います。
鈴木氏:
彼らは彼らできっと,社交としてそういったものを出せるよう,コミュニケーションスキルを鍛えているわけなんですよ。歴史的にも。
日本の中でも人のつながりが広くなっている以上は,そういったことも必要になりますし,薄い人間関係というのも積極的に評価していいんじゃないかとは思いますね。
4Gamer:
ともすれば,薄い人間関係ばかりがクローズアップされて,「こんなんじゃいかん!」みたいな言説につながりがちですが……。
鈴木氏:
とはいえデータ上で見ても,濃密な人間関係が希薄になっているわけではないんです。濃密な人間関係は相変わらず濃密だし,ひょっとしたら昔よりも濃密で簡単には切りにくいものになっているかもしれません。その一方で,薄くて広い人間関係も増えているということなんですね。
まあ,広がった部分を“薄い”と呼ぶべきかどうかというのは,いろいろな考え方があると思いますけど,僕としてはそう悪いことではないと思っています。
4Gamer:
そうなると,濃くて深い付き合いとはそもそも何? という話にもなると思うんですが。
鈴木氏:
一般的には家族や地域のつながりだというデータがありますね。とくに家族が大事だと思う人は,全世代で増えています。最近は20代での伸びが顕著ですね。
“幸福”を定量的に研究している人達からも,家族,配偶者がいることが,幸福に大きく影響するらしいなんて知見も出ているそうで。
4Gamer:
ちょっと意外ですね。
鈴木氏:
結局のところ,人間関係のバランスが変わったということなんでしょうね。本当に大事なのは家族だけ。あとは社交。というような。
それを良いと思うかどうかはともかく,人間関係が広がっていけばいくほど,真ん中のほうでバランスをとる重心も重くなってくるということでしょう。
4Gamer:
そうやって重心を重くしながら広げていったとき,個人のキャパシティを超えるのではないか? という気もしますが。
鈴木氏:
だから間に社交術やネットのようなものが必要になるわけです。で,ネットや携帯電話のアドレス帳にストックされていくんです。
4Gamer:
ああ,“友達”がデータベース化されていくという。
でも考えてみれば,名刺交換をしただけとか,何年も会ってないけど年賀状のやりとりだけは欠かさないみたいなものと,そう大きな差はないかもしれませんね。
鈴木氏:
そうそう,一緒なんですよ。
名刺や年賀状,あるいはお中元,お歳暮なんかでつながるというのは,昔から日本人がやってきたことではあるんです。
ただ,最近の若い人達の人間関係を同じ手法で調査しようとしても,昔ながらの形ではなくなっているから,見えにくくなっているだけなんですよね。
4Gamer:
だから,希薄化しているように見えてしまう,と。
鈴木氏:
そうなんです。でも,アドレス帳に並んでいる人間関係は決してフラットなものではないんです。仲良くなってきたから“クラス友”ってフォルダから“友達”フォルダに移すみたいな。これをきちんと測定していくためには,単純に数字だけ見てもだめなんですよね。
僕なんかはデータの話もしますが,現実に若い人達がどういうコミュニケーションをしているのかというところに入り込んでいくのが好きなんです。そうすると“希薄化”というだけではとらえられないのが分かってくる。
4Gamer:
実際に入り込むことによって,人間関係の間にあるものが見えてきたわけですね。
鈴木氏:
それがネットだったり,サブカルコンテンツだったり,ゲームをプレイすることだったりといった,“ネタ”なんですよ。
「ラブプラス」は「電影少女」説
先ほど,男の子ゲームはスペック重視みたいなお話がありましたが,ラブプラスって決してそうではないんですよね。
鈴木氏:
そうなんですよね。例えば凛子の髪型が24種類用意されていますみたいな話になっても,その出し方を調べようとかコンプリートしようとか,そういう気分にはなりません。
4Gamer:
俺だけの凛子でいてくれれば,それでいいみたいなところがありますよね。
鈴木氏:
このあたりって,なんとなく女の子向けゲームのにおいを感じるんですよ。
4Gamer:
実際,ラブプラスの内田明理プロデューサーは,「ときめきメモリアル Girl's Side」シリーズなんかも手がけられてますし。
鈴木氏:
ですよね。それを聞いて,凄く納得しました。
4Gamer:
ラブプラスである意味,もの凄いなって思ったのが,メールが届いて嬉しい,告白されて嬉しい,電話がかかってきて嬉しいみたいな感情が,従来のゲーム相手のそれではなくって,本物に近くなっている部分なんです。脳が完璧に誤解してるんじゃないかなって。
鈴木氏:
あと,忙しいときに甘えられてうざっとか思ってしまうみたいな(笑)。
4Gamer:
ありますね! イラッとするっていう(笑)。
鈴木氏:
ゲームにそんな感情持ってどーするみたいな(笑)
人類は,本当に桂正和先生のマンガ「電影少女(ビデオガール)」の世界に近づきつつあるなと。
4Gamer:
た,確かに。
鈴木氏:
ビデオガールを読みながら培った感情で,今,美少女ゲームをやっているといっても過言ではないかもしれません。いやぁ,確かにラブプラスってビデオガールだよなぁ……。
4Gamer:
ラブプラスビデオガール説。
画面の中から出てこないだけで。そのうち,壊れたDSでプレイしようとしたら画面から凛子が飛び出してきたりしないかな(笑)。
ここまでリアルな恋愛感情を持っているかのようにリアクションをとってしまうゲームって,なかなかないですからね。フラグを折って,ここまでへこまされたのは初めてですし……。
4Gamer:
あれ,何かありました?
鈴木氏:
朝は強い方? って聞かれて,「うん。僕,朝強いんだ」って普通に答えてしまったんですが,これがフラグだったって気づいたときの失望感。
4Gamer:
ああ,起こしに来てくれたはずなのに(笑)。
鈴木氏:
ね。相手の意図に気付かずに正直に答えてフラグをへし折るって,現実と一緒じゃねえかよっていう。
4Gamer:
拡張現実って,最近いろいろな分野で騒がれてますけど,ある意味ラブプラスも拡張現実ですよね。
鈴木氏:
拡張現実ですね(笑)。
4Gamer:
といったところで,今日はありがとうございました。
鈴木氏:
……これで大丈夫なんですか?
以上のように,ラブプラスの話題から派生して,さまざまな話題について語ってもらった。
確かにここ最近,ネット上などで大きな話題を呼ぶ“ゲーム”の中には,人間関係の緩衝材としての役割を果たしているものがある。ラブプラスも,間違いなくその一つだろう。
ゲームを開発する側が,どこまでその役割をコントロールできるのかは未知数だが,これからのゲームのあり方を考えるうえで,何かのヒントが隠されているのかもしれない。
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