業界動向
Access Accepted第722回:ゲーム内広告に向き合うプラットフォームホルダーたち
Free-to-Play,サブスクリプションサービス,ライブゲーム,クラウドゲーム――。ここしばらくの間にゲーム業界のビジネスモデルやその構造は大きく変化しているが,特にPCや家庭用ゲーム機などのメインプラットフォームにおいて,これまで半ばタブー視されてきたのが,「ゲーム内広告」だ。ここのところ,マイクロソフトやソニー・インタラクティブエンタテインメントが研究開発を行っているという情報が伝えられ始めており,今世代中にはゲームビジネスは新たな局面を迎えることになるのかもしれない。
Free-to-Playにおけるゲーム内広告の可能性
4月15日のBusiness Insider誌が報じたところによると(外部リンク※会員登録必須),Microsoftが現在Free-to-Play(基本プレイ料金無料)型のゲームにおいて,ゲーム中に直接的に広告を掲示するテクノロジーを開発中であるという。この記事だけでは,広告の具体的なシステムについては明らかにされていないものの,「Non-Disruptive」(非停止型),つまりプレイヤーがキャンセルできないような広告スペースを,独自の企業向けマーケティング用マーケットプレイスにて販売し,それを広告代理店が購入するという,モバイルアプリで行われているようなものだろう。
「非停止型」である以上,YouTubeの映像広告のように強制的に視聴しなければならない類のものではなく,例えばレーシングゲームにおけるコース脇にある看板広告のような形で,筆者の推測だが,おそらく特定の社名や商品についてのテクスチャアートを表示し,提携期間が過ぎれば次のスポンサーが用意した広告に差し替えられる,といったものになるのではないか。もちろん,ゲームジャンルによってもプレイヤーがどのように広告を受け取るかは大きく変わるはずだが,個々のゲームのメインメニューに広告スペースが設けられたり,ゲーム中に登場する清涼ドリンクや車,ファッションブランドなど,アイテムを介したタイアップが進んでいくのかもしれない。
上記の記事によると,MicrosoftがBingなどで収集したユーザーデータをもとに,ターゲット広告を個々のプレイヤーに配信するというようなことは行わないと,事情に詳しい内部関係者は念を押しているという。少なくとも,対戦ゲームやレイドが終わるたびに,ちょっと前に検索した商品やサービスを連想させる,30秒の映像広告を強制的に見せられることにはならないだろう。
面白いのは,その内部関係者が「Microsoftは広告収入から分け前を得ることに興味はなく,広告ネットワークの新しい技術を構築しているだけ」と話していることだ。とは言え,FacebookやYouTubeがどれだけ広告収入を得ているかを考えると,みすみすそのチャンスを逃すとも考えにくい。一方,モバイルプラットフォームはともかく,PCや家庭用ゲーム機のタイトルでいきなり広告が出始めたら,抵抗を感じるゲーマーも多いのは十分に想定できるところなので,ここはMicrosoftも慎重に動くだろう。
こうした新しい広告モデルを構築しているのはMicrosoftだけでなく,ソニーも同様のテクノロジーを模索していることが,Business Insider誌の別の記事(外部リンク)で伝えられている。
こちらのほうも「Free-to-Play」に限定したもので,スポーツゲームのスタジアム内での広告スポットなどに利用できるかどうかが調査され,そのソフトウェアテクノロジーの開発が進められていると言う。「映像を見ることで,インゲームアイテムが配布されるような広告キャンペーンも考えられている」とのことで,モバイルゲームやソーシャルアプリですでに行われているような広告が,PlayStationやXboxゲームタイトルの中においてもフィーチャーされていくのは,それほど先のことではないかもしれない。
ハリウッド映画史にみる,リスクヘッジとしてのゲーム内広告
映画やテレビ産業に目を向けてみると,映像内における看板広告のような手法は一般的に“プロダクト・プレイスメンツ”(Product Placements)と呼ばれ,以前から存在する。古くは1955年,ワーナー・ブラザーズ・ピクチャーズが配給したジェームス・ディーン主演の「理由なき反抗」で,主人公が使う櫛(くし)についての問い合わせが殺到したことから,映像で利用される小道具に商品価値を生み出せることが知られるようになったとされる。
日本においても,例えばフジテレビの名物アニメ「サザエさん」は長らく東芝一社がスポンサーであったことから,町の中に描き込まれる看板は東芝ばかりだったし,東宝の「ゴジラ」シリーズなど初期の怪獣映画には森永ミルクキャラメルの看板がよく登場するなど,プロダクト・プレイスメンツは1950年代からすでに使われているものなのだ。
こうした消費者文化の流れにいち早く反応したのが,ジョージア州アトランタに本社を置くコカ・コーラ社で,1950年代末にはハリウッドにオフィスを置いて,各配給元や映画制作会社にアプローチする専用部署を設けている。映画「スーパーマン」(1978年)で敵がコカ・コーラのネオンサインの中に投げ込まれたり,「ブレードランナー」(1982年)にも都市の一角に大型看板があったり,「E.T.」(1982年)の子供部屋に無造作にコーラの缶が置かれていたのは,偶然の産物ではないのだ。
その成果を実感したコカ・コーラ社は,ハリウッドの一角にあったコロンビア・ピクチャーズを,新商品ダイエットコーラの発売開始に合わせて買収してしまう。その後,ソニーに再び売却されるまでの14年間,例えば「ゴーストバスターズ 2」(1989年)などで,同社配給映画作品はさかんにプロダクト・プレイスメンツに利用され,俳優やテーマソングの歌手たちがCMに起用されていた。
もちろん,これはコカ・コーラに限ったことではなく,ユニバーサルスタジオ配給の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(1985年)や「バック・トゥ・ザ・フューチャー PART 2」が,ライバルであるペプシ(およびナイキ)をストーリーそのものに組み込む形で強力な広報戦略を展開したりもした。最近でも例えば人気ドラマ「ザ・ウォーキング・デッド」において,シーズン序盤はヒュンダイ社製の自家用車がアポカリプス後世界の人気商品だったのに,いつの頃からかフォードのトラックに切り替わってしまった,スポンサー交代劇をあからさまに示す例もある。
近年では制作費の高騰により,アメリカで作られる映画やテレビドラマの中には,数十社とのスポンサー契約を結ぶ場合も多いという。つまり,興行が失敗した際のリスクヘッジの1つとして,映像内での広告が標準化されるようになってきているのである。
かなり横道にそれたので,ゲームの話に戻そう。昨今では「フォートナイト」や「Apex Legends」などFree-to-Play型のゲームが絶大な人気を得るに至り,多くのメーカーが二匹目のどじょうを狙って新たなバトルロイヤルゲームを送り出した。しかし,ライブサービスとしての維持費や運営費のコストは馬鹿にならず,アカウント数に恵まれなければ早々に撤退するケースも少なくない。
Microsoftであれソニー・インタラクティブエンタテインメントであれ,レーシングゲームやスポーツゲーム,アクションゲームやRPGといった伝統的なタイプのAAA級ゲームジャンルにおいて,どのようにしてファンを定着させるのかを考慮した場合,これまでのようにパッケージ販売やDLCだけにこだわるのではなく,Free-to‐Playへと一気に転換したほうが収益性は上がると考えているのかもしれない。そのリスクヘッジと収益確保のひとつの手段として,広告収入というビジネスモデルを考えているということはあり得る話だ。
「無料で有料参加者と同じゲームコンテンツを遊べる代わりに,ゲーム中にゲームプレイを阻害しない形で広告が入ります」と言われれば,飛びつくゲーマーもいるだろう。さらに,彼らの視線の先には,複数の企業による協力が必然的に行われるであろう“メタバース”もあるはずだ。今後はプラットフォームホルダーや業界のキープレイヤーたちの,「ゲーム内広告」も含めたFree-to-Play型ビジネスモデルの模索がどのような形で結実していくことになるのか注目しておきたいところである。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
5月2日と5月9日の「奥谷海人のAccess Accepted」は,筆者都合により休載します。次回の掲載は5月16日を予定しています。
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