連載
『不夜城』
著者:馳 星周
版元:角川書店
発行:1998年4月
価格:700円(税込)
ISBN:978-4043442010
日本においてクライムノベル,バイオレンスアクション,ハードボイルド作品といえば,やはり大藪春彦を欠かすことはできないし,生島治郎,大沢在昌,花村萬月に夢枕獏,あるいは桐野夏生もその系譜として踏まえておくべきだろう。作品の時代背景こそ異なるが,池波正太郎も欠かせない。海外ではチャンドラーにハメットという巨匠がいて,ミッキー・スピレイン,マーロウ,バーネット,エルロイといった大御所が名を連ねる。
彼/彼女達の作品はそれぞれに個性的で,読むに値する傑作がある。一方それがゆえに,本来純粋な大衆小説,エンタテイメントであったこのジャンルに踏み込もうとすると,いったい何から読み始めていいのかさっぱり,という印象も抱きかねない。実際,「ブラックダリア」(エルロイ)の映画を見た勢いで,じゃあ日本の古典ということで『野獣死すべし』(大藪春彦)を読んでも,ピンとこない可能性は高いし,『仕掛人 藤枝梅安』(池波正太郎)シリーズの大ファンを自認している人がハードボイルドの金字塔『大いなる眠り』(チャンドラー)を読んでも,やはりしっくりいかないかもしれない。
ゲームにおいても実は同じような状況があって,比較的何でもできるGTAシリーズはともかく,スニーク系のFPS/TPSや,見下ろし視点のストラテジー,あるいはポスタルシリーズのように露骨にインモラルなFPSなど,一概に「クライム」「バイオレンス」といってもゲーム間のバラつきは意外と激しい。それだけ犯罪というジャンルは,バラエティに富んでいるということなのかもしれないが。
そんななか,馳 星周の『不夜城』は,ハードボイルドなクライムノベルを読んだことがないという人でも,あるいはほかの作家の作品に多少は触れたことがあるという人にも,まず間違いなくお勧めできる作品である。
『不夜城』は,現代日本の新宿歌舞伎町を舞台に,台湾人と日本人のハーフであり,闇社会の一員でもある劉健一が,自己の生存を賭して権謀術数の限りを尽くすノワール小説だ。登場人物はおおむね誰も彼もが強烈な個性を発揮しており,主人公たる劉健一はかなりどうかと思われる人物だが,ヒロインの夏美も相当にキレている。 ストーリーを要約するのは本当に簡単で,「過酷な闇社会において,登場人物達が七転八倒しながら,ただただ生き延びようとする」ことに尽きる。そこにおいて思想的・歴史的背景は「考慮すべき現実の一側面」以上のインパクトを持たない。ギリギリの極限状態にあって,そんなものはインテリの玩具でしかないのだ。
そのような極限状態で戦う犯罪者達といえば,つい『俺たちに明日はない/ボニー・アンド・クライド』,ゲームでいえばGTAシリーズの暴走プレイような,無鉄砲な暴走型の物語が思い描かれがちだ。だが『不夜城』の舞台は現代日本であり,そうなるとやはりその手の暴走特急が長生きできる可能性は低いし,一瞬の輝きを見せることすら難しい。銃という「弱者の武器」(『カラシニコフ』参照)を手に,弱者という立場を利用して体制に風穴を開けようとする試みは,試みの段階で叩き潰されてしまうのだ。
『不夜城』において主人公達が手にするのは,銃ではなく“保険”――根回しと下準備である。もちろん,保険である以上,相手を即死させる力は持たない。だが幾重にも張りめぐらされた保険の積み重ねは,やがて破滅的な罠へと姿を変えていく。
そうでありながらこの作品で描かれるのは,コンゲーム(騙しあい)ではない。登場人物達は,ナチュラルかつ滑らかに嘘をつき詐術を駆使するが,それは保険のためのテクニックであり,保険のために必要であれば正直かつ誠実になることもためらわないし,必要とあらば仲間のために保険を用意することだってある。もっとも,仲間に与えた保険が,自分に牙を剥かないような手はずを整えたうえで,だが。
一方,ではこの作品は陰謀が無限の渦を巻く社会派ミステリのような作品なのかといわれれば,そうでもない。登場人物の多くは,所詮は一個人であり,できることには限りがある。彼らは全身全霊を懸けて保険の仕掛けあいをするが,その保険の多くは,「もしそこで完全に想定外の何かが起きたらどうするんだ?」という問いに,「そのときは自分が死ぬ」としか答えられない紙一重のものだ。どこまでもタイトな状況で,そういったあやうくも捨て身の策謀が,幾何学的に華麗かつ情緒的に陰惨な開花をする――それが『不夜城』の大きな魅力といえよう。
だが,そういった魅力が,この作品のすべてではない。『不夜城』は古今東西のクライムノベル,ノワール小説,ハードボイルド・バイオレンス小説のエッセンスを抽出して,巧みな計算で再構築している作品でもある。とくに顕著なのが登場人物の造形で,作中にはありとあらゆるクライムノベル・キャラクターのステレオタイプが登場するが,それでいて作品は破綻していない。そういった意味において,クライムジャンルへの入門作品として優れているし,近縁分野の作品に食指を伸ばすに当たっての窓口としても有益だ。
要素単位では独創的でないという非難も可能だが,一つのエンタテイメントとして考えた場合,これは賞賛されるべきポイントであると思う。「誰にでも楽しめるエンタテイメント作品」が,必ずしも独創的な着想から生み出されるとは限らない。
まあ確かに馳 星周の他作品は,『不夜城』の続編2作も含めて,個人的にはあまりお勧めできない。素晴らしいアミューズメントパークは,必ずしも素晴らしい住居ではないのだ。にもかかわらず,『不夜城』以降の作品では,作者が作品に住居的現実性を求めた結果,魅力であったアミューズメントパーク的きらびやかさが失われたような印象がある。エンタテイメント作品として大事なのは,住居であるかアミューズメントパークであるかではなく,「素晴らしいか否か」だと思うのだが……。
ともあれ,クライム/ノワール/ハードボイルドという素材が,アミューズメントとして広範かつ秀逸に機能することは明らかなのだから,いつかゲームの世界でも,フラグに縛られながら至近距離からショットガンを撃ち合うFPSでなく,あるいは一次/二次産品の代わりに麻薬と銃器を売買するといった,目先を変えただけのものでない,高度なエンタテイメント性とギリギリ感を備えた社会的駆け引きのクライムゲームができないものかと,願わざるをえない。
「龍が如く」「Hitman」シリーズ,「シンジケート」(秘密結社/メガコーポを運営して,民衆を洗脳したりVIPを誘拐したり暗殺したりする,古い古いゲーム。日本語版もあった)などなど,良いゲームも多いだけに,もう一段のブレイクスルーが欲しい気がする。
……最近は,どうなんでしょうね?
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