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[gamescom]「EVE Online」とシチズン・サイエンスの出会い,そしてゲームの新たな可能性
ここで言うシチズン・サイエンス(またはオープン・サイエンス,クラウド・サイエンス)とは,市民が積極的な参加をする科学研究を指す。近年で有名な実績としては,「Foldit」というゲームを用いたタンパク質構造予測があるだろう(しばしば「科学者が10年かけても解けなかった問題をゲーマー達が3週間で解いた」と報道されることもあったアレだ)。
このFolditを始め,具体的な成果を上げているシチズン・サイエンスを,MMORPG史において幾多の事績を(今なお)残し続けている「EVE Online」がゲーム内に取り込んだ。果たしてそこにはどんな意図があり,そしていかなる成果が上がったのだろうか? GDC Europe 2016における講演の模様をお届けしよう。
「EVE Online」公式サイト
シチズン・サイエンスの弱点
2016年3月,EVE Onlineは「Project Discovery」という新しいコンテンツを立ち上げた。これは,EVE Onlineを運営するCCP Gamesが,シチズン・サイエンスを扱う研究チーム「Massivly Multiplayer Online Science」(MMOS)やレイキャビク大学と共同で行っているプロジェクトで,ヒトのタンパク質の発現情報データベース「The Human Protein Atlas」が協力している。
研究内容としてはヒトのタンパク質画像を分類・分析するもので,Folditと同様,コンピュータを使うだけでは処理が難しいが,大量の人間が協力すればより容易に目標を達成できるという傾向を持つ研究だ。
さて,この研究に関しては,すでにさまざまな試みもなされている。だが,シチズン・サイエンスには極めて大きな問題がある。それは,プロジェクトそのものに,「ユーザー」に興味を持ってもらうための仕掛けを含めるのが難しいということだ。
これはゲームのことを考えれば分かりやすい。大量のゲームが日々リリースされる昨今,ゲームの内容が面白かったり意義深かったりするだけで,そのゲームが突如ベストセラーになるということは,まずない。宣伝その他に多くの予算が注ぎ込まれることによって,そのゲームを遊んでみようと思うユーザーを確保しているというのが,現代のゲームビジネスが持つ一つの側面だ。
遊べば楽しいことが(ほぼ)確定しているゲームですらこれなのに,海のものとも山のものともつかない,ゲームとして面白いかどうかも定かでないものを,「科学的に有益だから」というだけの理由で人々に知ってもらい,また広めてもらい,かつ長期間にわたってプレイしてもらうのは,至難と言わざるを得ない。
長く続いているオンラインゲームは「知ってもらうこと」「遊び続けてもらうこと」に対し,すでに多大な投資をしており,技術的ノウハウの積み重ねもあり,なによりすでに熱心に遊んでいるプレイヤーを抱えている。かくして,オープン・サイエンスのプロジェクトを知ってもらい,また実際に参加してもらうプラットフォームとして,EVE Onlineが名乗りを上げたというわけだ。
もちろん,CCPもメリットを感じたからこその協業であるのは言うまでもない。
CCPとしては,「なんといっても科学のこと」であり,ゲームの世界観にフィットしているというのが大きい(多くのゲームプレイヤーがゲームを通じて学術研究に寄与するというのは,まさにSFそのものだ)。またゲームデザインにおける挑戦として,挑みがいのある課題という側面もある。だが,それだけではない。
CCPは,このプロジェクトがEVE Onlineのコンテンツをさらに拡充し,よりゲームを「大きくする」可能性を持ったものだと判断しているのである。
無限のコンテンツ
オンラインゲームは,原則として終わりのないゲームだ。ということは逆に言えば,オンラインゲームは常にコンテンツを補充し続けない限り,どこかのタイミングで必ず「遊び尽くされて」しまう。
これを回避するためにPvPコンテンツを導入するなど,さまざまな工夫が続けられてきたが,それでもなお定期的なコンテンツの補充(あるいは「イベント」の実施)が必要なのは明らかだ。
この課題に対し,シチズン・サイエンスは一つの大きな可能性をもたらす。
現在の技術を駆使すれば,さまざまなミニコンテンツを自動生成することは可能だ。ステージそのものを自動生成することで,コンテンツの効率的な延命を図ることも珍しくない。
けれどシチズン・サイエンスの領域で研究が進んでいる対象は,「自動生成によって作るよりもたくさんの生データが揃っている領域」(Szantner氏)だ。提供するコンテンツの大枠としては「追加のミニゲーム」であったとしても,そのミニゲームで解決すべき課題は,すでに膨大な数が用意されているのである。
このように「コンテンツの補充」という面で大きな可能性を有するシチズン・サイエンスだが,もちろんそのままゲームに導入するわけにはいかない。「プレイヤーが得るゲーム体験とシチズン・サイエンスが,シームレスにつながっている必要がある」(Finnbogason氏)のだ。
そこでCCPは,EVE宇宙にとってこのミニゲーム・コンテンツがどのような意味を持っているのかを設定した。研究を主導する組織を作るのはもちろん,その最高責任者となるNPCも新たに設定。そのNPCを通じて,プロジェクトの目的やミニゲームの遊び方を教えるという導線を用意した。
さらに,こうして作られた新たな設定とコンテンツは,ゲーム世界内におけるニュースを伝える「SCOPE」でも報道されている。プレイヤーが実際に扱うのは現実世界のデータだが,それらがEVEの世界でどのような意味を持ち,誰がどう扱っているかを,余すところなく設定し尽くしたのである。
もちろん,よりゲーム的な側面もカバーされている。ミニゲームのUIデザインはEVE Onlineがベースになっているし,ミニゲームをクリアすることによってゲーム内で使える報酬も得られる(具体的に言えば経験値とお金)。また最高の報酬として,特別なアイテムも用意された。
Project Discoveryの成果
かくして始まったProject Discoveryだが,その成果は大きかったようだ。
シチズン・サイエンスとして見ると,Project Discoveryを通じて109の新たな発見がなされた。
また,EVE Onlineにおける新規コンテンツとして見ると,17時間で最高の報酬を獲得したプレイヤーが出現するくらいに,熱心にプレイされるコンテンツの一つとなった。コミュニティにも新たな話題が提供され,また学術誌はもちろんクオリティ・ペーパーでも報道される結果となった(想像以上の宣伝効果と言えるだろう)。
無論,すぐに想像できるような問題も発生している。
最も顕著なのがいわゆるbotの出現で,これによって開始直後の一時期,寄せられるデータの精度が急激に低下することになった。だがbotを排除することによって精度は回復し,最終的には安定して高精度の情報が提供されるようになっている(逆に考えると,「すぐにbotを導入しようとするプレイヤーをあぶり出す」効果が高かったのかもしれない)。
より抜本的な問題として,いつまでシチズン・サイエンスが今の形で継続し続けるのか,という点がある。急激にAIが発達している昨今,「人間でないと難しい画像処理」といったものは,AIがカバーしてしまう可能性があるのだ。
とはいえ,AIによって自動化を図ろうとする場合においても,まずはAIに正しい例を大量に教える必要がある。その大量の正しい例を用意するというフェイズにおいては,「シチズン・サイエンスおよびProject Discoveryのような方法論は十分に有意義」(Szantner氏)なので,今しばらくはシチズン・サイエンスはゲームコンテンツの供給元として機能し続けそうだ。
野心的な開発者のために
大きな目で見ると,Project Discoveryが一定の成功を得たということは,シチズン・サイエンスにとってさらなる大きな前進の契機となる可能性がある。
今回はEVE Onlineとのコラボレーションだが,例えば「Zoo Tycoonと生態学のコラボ」「Falloutとがん細胞研究のコラボ」「Civilization: Beyond Earthとタンパク質解析のコラボ」といったように,さまざまなゲームモチーフに対し,フィットしやすいシチズン・サイエンスの領域はいくつもある。
また,メタな視点で見ると,Project Discoveryは,ゲームとゲーミフィケーションの融合でもある。ということは,しばしばマネタイズで苦戦しているシリアスゲームやゲーミフィケーションは,ゲームとのコラボレーションによってマネタイズの道を拓くという可能性を得た,ということでもある。これも大きな前進と言っていいだろう。
Project Discoveryの成功は,EVE Onlineというある意味で特殊な環境(及び特殊なユーザー層)があればこその成功という側面も大きそうだ。そのことを計算に入れずに安易なコラボに飛びつけば,悲惨な結果になるだろうというのは,容易に想像できる。
けれどシチズン・サイエンスという巨大なコンテンツの鉱脈を利用してやろうと考える開発者は,現状においても少なくはなさそうだ。そこでどのような成果が生まれるか,今後に期待したい。
「EVE Online」公式サイト
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EVE Online
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