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【短期連載】「ウォーゲームってなんすか?」と聞かれたときに聞かせたい話。第一夜「ウォーゲーム帝国の興亡」
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印刷2018/05/26 00:00

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【短期連載】「ウォーゲームってなんすか?」と聞かれたときに聞かせたい話。第一夜「ウォーゲーム帝国の興亡」

 「ウォーゲームってなんすか?」

 ドイツ生まれの,いわゆるユーロゲームを中心としたボードゲームの普及が進むにつれて,若いボードゲーマーからそんな風に聞かれることが増えてきた。ここでいうウォーゲームとは,「World of Tanks」「World of Warships」「艦隊これくしょん -艦これ-」といったお馴染みのタイトルではないし,「大戦略」「信長の野望」といったものでもない。“紙とサイコロ”を使うアナログのゲームだ。

 ウォーゲームとは,紙のマップとさまざまな形状の駒を用い,過去にあった,あるいは今後起こり得るかも知れない架空の戦争を再現するシミュレーションゲームの総称である。ちなみに4Gamerには,伝説的なウォーゲームーデザイナーである中黒 靖氏へのインタビューも掲載しているので,興味のある人はそちらもぜひご一読いただきたい。記事は3部構成となる予定で,第1夜の今回は,日本でウォーゲームがどのような経緯を経てブームとなり,その後,氷河期を経て現在にいたるのか,その歴史を解説してみたい。

朝日新聞は1971年と1981年にウォーゲームを取り上げて,その影響を危惧する記事を掲載している。写真は1981年6月19日の朝日新聞朝刊のもので,全国版社会面の4分の1というそれなりに目立つ場所を使って,ウォーゲームの活況を報じている
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 さて。アナログウォーゲーム文化が花開いたのは,1970年代から1980年代にかけてのことだった。
 当時,少年達が心躍らせるホビーといえば,軍艦や戦車,軍用機のプラモデルだった。その箱絵や組立説明書には「運命の5分間がなければ勝っていたミッドウェー海戦」とか「46センチ主砲の長射程で米戦艦を打ち負かすはずだった戦艦大和」といった売り文句が並んでいたものだ。それを読んだ少年達は,「よぉ〜し,俺が南雲提督の代わりに第一機動部隊を指揮して勝たせてやる」「栗田提督の代わりに第一第二遊撃隊を指揮してレイテ湾に突入し,米戦艦を撃滅してやる」といった野望を抱き,プラモ雑誌である「ホビージャパン」に掲載されていたウォーゲームの記事で,多くの日本男児達が歴史のIFに挑むウォーゲームの世界に関心を寄せていった。
 やがてこのブームは新聞に取り上げられるほど大きなものになり,またそれがきっかけとなってウォーゲームの熱は加速していく。当時の新聞の影響力は今よりもずっと大きく,こうした記事の存在がまた,全国の大人から子供にまでウォーゲームを知らしめることになったわけだ。当時の筆者のような“背伸びしたい中高校生達”は,ウォーゲームを「子供向けでない,大人向けの知的ゲーム」としてとらえ,「憧れの遊び」となっていった。

 ウォーゲームの個人向け販売は,米国では1960年代半ばからスタートし,日本でも1970年代初頭に流通が始まっている。ここからは,こうした新聞記事をきっかけに,“日本全国の普通の青少年”がウォーゲームを認識するようになった1980年代以降のウォーゲームの変遷を,具体的なタイトルの紹介を交えつつ追いかけてみよう。
 なお,取り上げるウォーゲームは,“王道で主流”の欧州戦線陸戦作戦級ではなく,筆者が実際にプレイした経験のある太平洋戦線,もしくは海戦を扱ったタイトルが中心となるので,そこはご了承願いたい。

タイムマイザーが用意した和訳ルールを同梱したGDWの「THE RUSSO JAPANEASE WAR TSUSHIMA」。1970年代前半の販売はショップ(の担当者)単位で仕入れて販売する小規模なもので,購入層も地域的に限られていた
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1980年代のウォーゲーム普及拡大に貢献した専門誌の「タクテクス」と「シミュレイター」。写真のタクテクスは,先日インタビューを掲載した中黒 靖氏や,その記事にも登場した藤浪智之氏が多大な影響を受けたという鈴木銀一郎氏の「日本機動部隊」デザインノートが掲載されている第4号だ。シミュレイターは創刊第2号のもので,発行はゲームサークル「ファーストディビジョン」事務局が担当していた。会員以外に販売した初めての号といわれている
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【短期連載】「ウォーゲームってなんすか?」と聞かれたときに聞かせたい話。第二夜「戦争を机上に再現する思考」

【短期連載】「ウォーゲームってなんすか?」と聞かれたときに聞かせたい話。第三夜「対戦相手は必ずいまーす!」



海戦ウォーゲーム始めの一歩はアバロンヒルの「MIDWAY」


 歴史に浪漫を求めた日本の青少年が最初に出会った海戦ウォーゲームは,1975年にホビージャパンから日本語版が発売された,アバロンヒルの「MIDWAY」「JUTLAND」だろう。とくに日本人がよく知るミッドウェー海戦を扱い,自分の決断で逆転できるかもしれない「MIDWAY」は,“大人ぶりたい中高校生”にとって“空母戦のIFに挑める,知的な大人の遊び”だったのだ。

 「MIDWAY」は,「レーダー作戦ゲーム」を思わせる,ついたてで仕切られたゲーム盤の上で,米軍と日本軍のそれぞれで艦隊駒を動かし,敵のゾーンを読み上げながら相手の艦隊駒を索敵し,発見した敵艦隊に攻撃隊を差し向けるというゲームシステムである。“索敵していち早く敵を見つけ,攻撃する”という空母戦の最も基本となる部分を抽出した作品で,敵味方の航空機の性能はすべて同じという,かなり“軽い”ルールが採用されていた。
 おかげでミッドウェー海戦という言葉は知っているけれど,ウォーゲームは未経験という当時の中高生でも,すぐにルールが理解できた。筆者も高校時代,部活の合宿に「MIDWAY」を持ち込んで,夜によく遊んだものだ。ルールを説明し,1試合やって別室で寝ていたら,ほかの部員達が朝までプレイし続けて,記録シートをすべて使い切ってしまったという思い出もある。

国内の店頭で普通に購入できる,初めての空母戦ウォーゲームだった「MIDWAY」。第一次世界大戦のユトランド沖海戦を扱った「JUTLAND」よりも,日本人にはなじみ深い題材だった
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実質的に日本「初」の太平洋戦争戦略級ウォーゲーム「Victory in the Pacific」


 「MIDWAY」の次に日本に紹介されたウォーゲームは,1979年に登場した「SUBMARINE」「BISMARK」「Wooden Ship & IronMen」,そして「Victory in the Pacific」(邦題:「太平洋の覇者」もしくは「太平洋上の勝利」)だった。
 なかでも「Victory in the Pacific」は太平洋戦争全般を扱い,“真珠湾攻撃からレイテ作戦まで追体験できるウォーゲーム”として,日本で初めて流通した製品でもある。定番の六角形のマス(ヘクス)ではないエリア式マップを採用し,戦闘もダイス目から結果表の参照が求められる従来の方式ではなく,“目が6なら命中”といったシンプルなルールが採用されていた。ロジスティクス(兵站)の概念もなく,登場する艦船も空母と戦艦と重巡のみというシンプルな構成で,日本海軍が気持ちよく米戦艦を沈めまくる緒戦から,日本海軍がまとめて沈められまくる末期まで,とにかく簡単に体験できるゲームとして人気を博した。

 また同作は,その競技性の高さから米国では未だ根強い人気があり,絶版して久しい現在でも,全米規模の大会もあるほど。ただ一方で,当時のウォーゲーマー達は,もっと精密な太平洋戦争の戦略級ウォーゲームの登場を求める風潮が強かった。

「Victory in the Pacific」。登場した当時,抽象化したゲームデザインから日本では「シミュレーションではない」という評価もあったが,後年,ユニットのデータ構成や戦闘処理方法などを“オマージュ”したウォーゲームも多数登場している
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「BISMARCK」は第二次世界大戦欧州戦線で起きた独戦艦「BISMARCK」による通商破壊作戦「ライン演習」を扱い,装甲と貫徹力の関係を再現する精密な水上砲雷戦の姿を日本のウォーゲーマーに紹介した
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「SUBMARINE」は,潜水艦による戦いを1隻単位で再現し,映画「眼下の敵」の世界を体験させてくれたウォーゲームだった。艦船は1駒ごとに艦名入りで登場し,日本海軍駆逐艦には「HIBIKI」もいたりする
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「Wooden Ship&IronMen」は,18世紀から19世紀前半における帆船による海戦を再現した作品だ。当時の日本で帆船を扱う唯一のタイトルとして,ウォーゲーマーでない層にも人気が波及した
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もっと精密な空母戦を! 「FLAT TOP」の登場


 “難度の高い本格的な空母戦ウォーゲーム”として1981年に登場したのが,アバロンヒルの「FLAT TOP」(邦題:日米航空母艦の戦い)だ。
 この「FLAT TOP」――とおりがいいので,ここでは原題のほうで呼ぶ――に登場する艦艇は,空母に戦艦,巡洋艦といった大型艦艇はもちろん,駆逐艦から輸送船,駆逐艦改造の高速輸送艇,駆潜艇もしくは哨戒艇に至るまで一隻一駒で登場。さらに航空機も「零戦」「九九艦爆」「九七艦攻」に「ワイルドキャット」「ドーントレス」「アベンジャー」といった有名どころの艦上機だけでなく,「ボーフォート」「九五水偵」といったマイナーな機種まで網羅されていた。

 ルール面では天候が索敵や航空攻撃に及ぼす影響や航空編隊の高度,多彩な武装の選択,輸送船団の揚陸作業に,護衛艦艇による生存者救助までサポート。決して複雑ではないものの,空母戦に限らず水上砲雷戦や基地航空隊,輸送船団に潜水艦などと,海軍作戦全般を再現できるゲームデザインで,「MIDWAYではできなかった本格的な海軍作戦を自分で指揮できる」と,多くのウォーゲーマーを興奮させた。「FLAT TOP」は絶版となって久しいが,最も優れた空母戦ウォーゲームの一つと評価するゲーマーは多い。

「FLAT TOP」の対戦を約束したら,前もって艦隊編成から空母搭載機の構成,任務に応じた艦隊の編成と基地航空隊の行動予定といった作戦立案に取り組むのが常である。ゲーム時間もクライマックスを扱う2日間のショートシナリオで正味12時間ほどかかるが,ウォーゲーマーにとってはこの時間こそが至福の時間。「意味のない単純作業」ではなく,「意義のある海戦指揮」なのだ
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「FLAT TOP」をプレイすると,膨大な記録用紙の扱いに「軍隊は書類で動く」をことを実感できる
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ビッグゲームを日本に,SPIとVGの“功罪”


 ホビージャパンは,SPI(Simulations Publications, Inc.)製ウォーゲームの取り扱いを1981年夏から開始した。米国で高い評価を得ていたSPIの製品は,紙製マップとコートなしの渋い色彩のユニット,複雑なルールが特徴で,上級者(そして上級者を目指したその他大勢)に「本職の図上演習のようだ」と,熱く受け入れられた。加えて,当時のアバロンヒルにはなかった「現代仮想戦」が多数揃っていて,“将来起こり得るかもしれない戦争”を予想して遊べるSPI製品は,多くのウォーゲーマーの興味を惹いた。
 その中で,現代の海戦を扱っていたのが「Task Force」(邦題:大西洋艦隊)だ。当時の「第三次世界大戦架空小説」ブームや,日本発売直前に発生したフォークランド紛争における対艦ミサイル「エグゾセ」による英駆逐艦「シェフィールド」撃沈というニュースによって,多くの人が現代海軍と現代海戦,そして大西洋艦隊に関心を寄せることになる。

大西洋艦隊。なお米国での出荷は1979年なので,フォークランド紛争を反映したシナリオは収録されていない
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 そうして日本のウォーゲーム市場が黄金期を迎えていたとき,米国ではSPIが最後を迎えようとしていた。1981年にSPIは倒産し,そのスタッフ達はVictory Games(以下,VG)とTSRという二つの会社に活躍の場を移することになる。
 VGの製品として日本で最初に流通した「Gulf Strike」は,イランとイラク,また中近東からアラビア半島諸国を含む,陸海空三軍統合の現代作戦級ウォーゲームだった。当時の日本では文献がほとんどなかったアラブ諸国の陸海空軍を駒としていて,その資料的な価値を評価する意見も多い。

「Gulf Strike」は,強力な打撃力を持ちながらソ連潜水艦と長距離爆撃機に対しては決して無敵ではない米海軍機動部隊や,早期警戒機がある空戦の優位性が再現されていた
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VGからは,大西洋艦隊のデザイナーによる「第6艦隊」「第2艦隊」,そして日本の海上自衛隊が登場する「第7艦隊」など,現代米海軍を取り上げた現代海戦作戦級ウォーゲームが登場した。その高い再現性とプレイのしやすさを評価する意見は多く,現在も追加のシリーズが同人作品として出版されている
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 SPIとその後継たるVGのラインナップは,膨大な数の駒と複雑で膨大なルールで精密な再現性を実現した“ビッグゲーム”によって,ウォーゲームの可能性とウォーゲーマーのスキルを大幅に引き上げることとなった。その一方で,「優れたウォーゲーム=ビッグゲーム」という価値観を根付かせ,その後のウォーゲーム(とそのビジネス)に大きな影響を与えている。


日本人のためのウォーゲームを! エポック「日本機動部隊」とホビージャパン「大日本帝国海軍」


 1981年になると,ホビージャパン,エポック,ツクダオリジナル,バンダイといった日本のメーカーもウォーゲーム開発に参入するようになった。
 ホビージャパンが第一弾として投入したのは,戦車1両1駒で再現する戦術級陸戦を取り上げた「戦車戦」と,艦艇1隻1駒で再現する水上砲雷戦を取り上げた「大日本帝国海軍」(以下,IJN)だ。IJNは,「日本で購入可能な,大和を指揮して米戦艦と海戦ができる初のウォーゲーム」ということもあって,多くの日本男子がこぞって購入した。ウォーゲーム未経験者でも理解できる易しいルールだったおかげで,長きにわたって多くの人から支持され,後年発表された追加シナリオとユニットを用意した続編の「FLEET BATTLES」が登場。さらにサンセットゲームズから,「聯合艦隊」として繰り返し再販も行われている。

IJNでは,太平洋海域における水上砲雷戦で多かった「集団の戦い」をウォーゲーム未経験者でも理解できる易しいルールで再現しながら,それまでの水上砲雷戦ウォーゲームでは珍しく,「艦隊運動」ドクトリンを再現したルールが導入されている
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 エポックも日本におけるウォーゲーム普及を意識した“初心者向け”のラインナップを,第一弾として1981年に4タイトル投入したのち,1982年に「入門用」としてさらに難度を下げた「ドイツ戦車軍団」「日本機動部隊」をリリースした(ゲームデザインは鈴木銀一郎氏黒田幸弘氏をはじめとするレックカンパニーが担当)。
 このうち「日本機動部隊」は,それまでの「兵器の個性がなかったMIDWAY」と異なり,「ワイルドキャットを圧倒する零戦」「強烈な米海軍の対空砲火」「遠距離から一方的に砲撃する大和」といった,“当時の日本男子がイメージしていた典型的なキャラクター”が登場する。それでいて索敵ルールには「ダミーシステム」,対空戦闘で「攻撃隊の損害で変動する命中率」と,空母戦における新しい概念を反映しつつ,分かりやすいルールにまとめ,「それらしいのに未経験でもできる空母戦」を望んでいた多くのウォーゲーマーに歓迎された。

右は1982年に登場した「日本機動部隊」のパッケージ。コマンドマガジン10号の付録を経てJapan Wargame Classicsシリーズとして再販された。「日本機動部隊2」はルールをアレンジして太平洋戦争後半の空母戦を再現した派生版。「激突 南太平洋」はエポックのシミュレーション入門2にあった空母戦の再販だが,赤城,加賀,飛龍,蒼龍のユニットが追加され,Japan Wargame Classicsの「日本機動部隊」紹介ページにあるマップデータをダウンロードすれば,ミッドウェー海戦シナリオにも対応した
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日本で最も成功し,最も厳しく評価されたツクダ「航空母艦」,バンダイ「連合艦隊」


 ツクダホビーとバンダイは老舗の玩具メーカーであり,アナログゲーム(当時はアナログゲームしかなかったが)の取り扱いでも大手だった。日本海軍を扱うウォーゲームとしては,バンダイが「連合艦隊」「日本海海戦」を1982年と1983年に出版している。「連合艦隊」は,日本人にとって日本海軍を象徴する“連合艦隊”という言葉をゲームタイトルに用い,駒を立てるスタンドと駒を動かす棒(レーキ。バンダイが名付けた「参棒」を正式名称として認識している人も少なくない)を用意したコンポーネントなどもあって,日本のウォーゲームで最も“マーケティング的な勝利”を収めた製品の一つと言われている。

 ツクダホビーのラインナップは,「精緻」「SFアニメ」「戦国時代」と,こちらも日本人の嗜好を意識したものだった。海戦モノでは「戦艦大和」「航空母艦」「アドミラルグラフシュペー」「眼下の敵」など,細かいデータと複雑なルールを用意した作品を投入している。当時,ツクダホビーの精密戦術級ウォーゲームの評価は,精緻を極める兵器データとそのデータを生かすための細かいルールを評価する一方で,その出力としての戦闘結果や,シナリオや設定における“史実との乖離”によって,批判されることも多かった。

「航空母艦」に付属する艦艇&航空機データシートと戦闘解決用図表。手間のかかる精緻な索敵システムと,精密なデータで構築されながら,対空砲火有利で空母の撃沈はほぼ不可能な同作は,今でも「最もモンスターな空母戦ウォーゲーム」として語り継がれている
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ツクダホビー製ウォーゲームで評価の高いのが,戦国時代を扱った戦国群雄伝シリーズ。写真は伊達政宗の戦いを扱った「独眼竜政宗」。このシリーズはウォーゲーム専門誌「ゲームジャーナル」での復刻が決まっている(時期は未定)
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翔企画とアドテクノスと佐藤大輔


 翔企画とアドテクノスはウォーゲーマーの文化醸成に大きな影響を及ぼしたメーカーだ。レックカンパニー(1986年3月に解散)のメンバーが基幹となって設立された翔企画は,後に数々の名作を生み出し,その作品群は今もリニューアルと再販が繰り返されている。とくに「太平記」は,基幹ルールをほかの戦場に置き換えた作品が多く登場し,俗にいう「太平記システム」として高く評価された。

翔企画のSSシリーズ。この中では「北海道侵攻」が佐藤大輔氏によるゲームデザインだ。また,「ヒトラー帝国の興亡」と「決戦ガダルカナル」「皇帝ナポレオン」は後にゲームジャーナル,コマンドマガジンによって再版されている
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 アドテクノスは,バンダイのウォーゲームをデザインしてきた“広告デザインチーム”が独立したメーカーで,そのラインナップにはソ連の北海道侵攻とそれに対応する自衛隊の戦いという,当時としてはデリケートな仮想戦や,事前計画を主眼とした「ノルマンディ上陸作戦」,プレイヤーを転戦する装甲師団長という立場にしたロールプレイの要素を導入した「ドイツ装甲師団長」など,新しい手法に挑んだ作品が多い。

アドテクノスの「ドイツ装甲師団長」に「アフリカンギャンビット」,そしてゲームジャーナルで再版された「壬申の乱」
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 翔企画とアドテクノスの双方に関わりが深かったデザイナーの1人が佐藤大輔氏だった。氏が得意としたのは仮想戦ウォーゲームで,「レッドサン ブラッククロス」「リターン・トウ・ヨーロッパ」「エスコート・フリート」「北海道共和国」「ニイタカヤマノボレ」では,仮想の戦争が起きるまでの設定資料が付属していた。
 その架空の歴史と軍事技術の進化,戦争に至る経過をまとめた膨大な文書と分厚い冊子から,後の仮想戦記/SFミリタリー作家としての佐藤大輔氏をうかがい知ることができる。

佐藤大輔氏が開発に関わった「エスコート・フリート」と「ニイタカヤマノボレ」
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「ニイタカヤマノボレ」に付属していた32ページにもおよぶ仮想歴史の設定資料
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絶滅と再興:PCゲームの台頭


 このように隆盛を極めた日本のウォーゲーム市場だったが,1990年代になると明らかな陰りを見せるようになる。ウォーゲーム専門誌の1つ「シミュレイター」は1991年6月に休刊し,もう1つの専門誌「タクテクス」は1992年2月で休刊。時を同じくして,日本語ルールブックを付属させた海外版を販売していたホビージャパン,エポック,ツクダホビー,バンダイといった企業も,ウォーゲームの取り扱いを止めてしまう。

 その理由の一つとして考えられるのは,アナログのウォーゲームと時を同じくして進化してきたPCゲームが,1990年代になって大きく普及したことだろう。ルールを教える苦労もなく,簡単に続きを再開して簡単に中断できるデジタルゲームは,社会人となり,まとまった時間の確保が難しくなったウォーゲーマー達にとっても,やはり便利だった。

 タクテクスでは,第2号(1982年3月発売)でアバロンヒルが発売していたPC向けのデジタルウォーゲーム(「Midway Campaign」「B-1 Nuclear Bomber」など)をいち早く紹介している。日本では木屋通商が,富士通の「FMシリーズ」向け移植版を1982年から取り扱っていた。
 さらに木屋通商は,オリジナルのデジタルウォーゲームを1982年から1984年にかけて多数開発している。「空母機動部隊 珊瑚海海戦,日米機動部隊初の対決」「連合艦隊の栄光 栗田艦隊レイテ湾突入」は,シミュレイター誌上でデザインノートが掲載されるなど,ウォーゲーマーにも知る人は多かった。ゲームデザイナーには上田 暁氏大木 毅氏など,アナログウォーゲームで著名なメンバーが名を連ねている。
 1983年3月には「信長の野望」が,1985年11月には「現代大戦略」が登場し,その後,日本海軍をテーマにした国産のデジタルゲームとして,「太平洋の嵐」(GAM),「大海令」(アートディング),「提督の決断」(光栄),「鋼鉄の騎士」「激闘!ソロモン海戦史」「空母戦記」「太平洋戦記」(いずれもジェネラル・サポート)などが現れた。

 こうしてデジタルへの移行が進む中,主に対戦相手とプレイ場所を確保しやすい大都市圏のゲームサークル所属メンバーと,地方在住で孤立しながらも「相手はいないがウォーゲームのルールを読んでいるだけでも楽しい」というウォーゲーマーの生き残りによって,アナログのウォーゲームは細々と受け継がれていくことになる。

北米市場でもApple IIやAtari,Commodore 64,また当時普及しはじめていたDOS/V機で動作するデジタルウォーゲームが続々登場していった。これらの製品は日本でもソフトウェアショップ「オーク」で購入できたが,「大戦略」と「信長の野望」がデファクトスタンダードとなった日本市場で主流となることはなかった
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 その後,生き残ったウォーゲーマー達は,デジタルゲームの隆盛に隠れながらも,自分達の活動を積極的に発信するようになっていった。とくに1990年代後半になると,インターネットを通じて孤立していたウォーゲーマー達がゲームサークルに合流するようになる。中には「30年ぶりに人と対戦した」というケースもあったそうだ。
 またその頃になるとウォーゲームの供給事情も大きく変化し,大手ベンダーに代わってDicision GamesやGMT,Compass Games,MMP,Avalanche Pressといった,主に中小のデベロッパが製品を提供するようになっていった。その一部には和訳ルールが用意されたものもあり,また日本では「コマンドマガジン」(国際通信社)と「ゲームジャーナル」(シミュレーションジャーナル)といったウォーゲーム専門誌が,共に日本語ルールを用意したウォーゲームを,付録という形で定期的に発行している。

コマンドマガジンは1995年に創刊された隔月誌で,現在は130号を超える発刊数となっている。ゲームジャーナルは季刊誌だが,商業ベースとなった2001年から2017年の6年間ですでに60号を超えている。1992年から2001年10月までの同人時代を加えると120号にもなる。なお同人時代の付録にはコンパクトな名作が多数あり,「大日本帝国の盛衰」など後年リニューアルされて再登場したものも。ほかにも再版が望まれているタイトルが多い
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 こうした近年のタイトルはゲームデザインの面でも進化していて,いわゆるユーロゲームの手法を取り入れたものも少なくない。カードドリブンを取り入れたウォーゲームでは,米ソの冷戦時代を扱った「Twilight Struggle」(GMT)が有名で,このほか戦国時代を題材とした「群雄割拠」(ウォーゲーム日本史22号付録)や「シン・関ケ原」(ゲームジャーナル64号付録)などには,ボードゲームの名作「ヒストリーオブザワールド」「スモールワールド」「ドミニオン」の影響を見て取れる。

名作「Twilight Struggle」のシステムをベースとした作品として,キューバ危機を扱った「13 DAYS」(JOLLY ROGER GAMES),幕末における佐幕派と討幕派の闘争がテーマの「江戸幕府の黄昏」(ゲームジャーナル58号付録)なども存在している
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米国とテロリストとの闘争を扱った「Labyrinth」(GMT)もまた,「Twilight Struggle」をベースとした作品の一つだ。また同じくGMTの「COIN」シリーズは,テロリストなどの非正規軍との衝突を再現したゲームデザインで話題を呼んだ。アフガニスタン紛争を扱った「A distant plain」や,幕末の京都を再現した「幕末京都騒乱」(ゲームジャーナル61号付録)などがそれに当たる
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 また現代の軍事事情を反映したウォーゲームとして,軍事作戦と政治事情が密接に連動し,政権の判断によって軍事作戦の方針がいきなり変わってしまう「Red Dragon Rising: The Coming War With China」(国際通信社),現代軍事行動におけるマスコミやSNSによる情報拡散の影響を反映した「Islamic State: The Coming Libya War」(米国のウォーゲーム専門誌「Counterfact」5号付録)や「Dicision Iraq」(米国のウォーゲーム専門誌「Moden War」6号付録),「Somali Pirates」(同3号付録),「Holy Land: The Next Arab-Israeli War」(同8号)といったタイトルも登場してきている。

「ストライクウィッチーズ」「ガールズ&パンツァー」「艦隊これくしょん」などの「美少女ミリタリーコンテンツ」の影響も無視できない。アニメ「ガールズ&パンツァー」の公式ボードゲームとして登場した「ぱんつぁー・ふぉー!」(国際通信社)が“瞬殺”となった事例は,堅物が多いウォーゲーム関係者に「ええっ! いまの時代はこういうのが売れるんだ!」と衝撃を与えた
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次回は「ウォーゲームのデザインについて」


 というわけで,1980年代から現在に至る日本のウォーゲーム界の流れを辿ってきたが,いかがだっただろうか。
 なおウォーゲーム界隈の人にとっては,パンツァーブリッツや独ソ戦,第三帝国にスコードリーダーなどの欧州戦線や陸戦の名作に言及がないことに不満を持つ人がいるかもしれないが,これはあくまで軍艦と海軍好きの筆者が見聞きした範囲のものとして,ご理解を願いたい。また欧州戦線や陸戦を扱うウォーゲームの王道製品については,記事末で紹介する参考資料などが豊富に存在するので,そちらも参照していただければと思う。

 次回は本稿の最後のほうでも少し触れた,ウォーゲームのゲームデザインについて,太平洋戦争を扱った戦略級ウォーゲームや空母戦,水上砲雷戦といったタイトルを例に紹介したい。今回の記事で言及できなかった,VGの「Pacific War」やSPIの「War in the Pacific」,そして,日本では出荷されなかった「World War II: Pacific Theater of Operations」(SPI),「Fast Carrier」(SPI)なども取り上げる予定だ。



参考資料


【短期連載】「ウォーゲームってなんすか?」と聞かれたときに聞かせたい話。第二夜「戦争を机上に再現する思考」

【短期連載】「ウォーゲームってなんすか?」と聞かれたときに聞かせたい話。第三夜「対戦相手は必ずいまーす!」

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